弱くなったようである。それはなぜであろうか。
「糸子さアん、どこにいますかッ」
 帆村は怒号しながら、次の部屋の襖をパッと開いた。ああそこにも糸子の姿は見えなかった。そこは八畳ほどの和室だった。押入の襖《ふすま》が一枚だけ開いて、箪笥《たんす》の引出が一つ開いて男の着物がひっぱりだされている。
 それだけのことだった。糸子の姿はやっぱり見あたらない。
 日頃冷静を誇る帆村もすこし焦《じ》れてきた。
 彼はその部屋を出て、北側にある洋間の扉を開いて躍りこんだ。しかしそこにも卓子や肘掛椅子が静かに並んでいるだけで、別に糸子が隠れているような場所も見当らなかった。
 しかしこの部屋に入ると共に、帆村の鼻を強くうった臭気があった。
「変な臭いだ。何の臭いだろう」
 スーッとする樟脳《しょうのう》くさい匂いと、それになんだか胸のわるくなるような別の臭いとが交っていた。
 彼は気がついて筒型の火鉢のそばへ駈けよった。
「あッ熱《あつ》ッ」火鉢のふちは何《ど》うしたわけか焼けつくように熱かった。帆村はそれに手を懸けたため、思わない熱さに悲鳴をあげた。
 火鉢のなかには、赭茶けた灰の一塊があった。これ
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