夫婦があった。
「では、お大事に」
「新家庭は、いよいよ新しい年とともに始まるというわけだすな」
「まあ近いうち、お二人揃って大阪へ里帰りするのでっせ」
などと、朗らかな餞《はなむ》けの言葉はあとからあとへと新郎新婦の上に抛《な》げられる。
やがて、列車は出るらしく、ホームのベルはけたたましく鳴りだした。
そのとき人の垣をわけて、車窓にとびついた一人の紳士があった。これは村松検事だった。
「ああ、間にあってよかった。君たちの結婚を祝おうと思って、大きなデコレーションケーキを注文して置いたのが、ばかに手間どってネ。これなんだよ、やっと出来た」
と、車窓にさしだしたのは、大きな硝子《ガラス》器に入った見事なケーキだった。
「よく見てくれ、これは君たちの好きな大阪名物の岩おこしで組みたててあるんだが、一かけずつ製造所がちがっていて、味もちがっているのだ。これを二人で仲よく食べながら、たまにゃ大阪のことも思いだしてくれたまえ」
若き夫婦は、感激のいろを現わして、この素朴ながら念の入った贈物を感謝した。
ベルの音がハタと止った。いよいよ発車である。見送りの人たちは、いいあわせたように両手をあげて、二人の新しい生活の門出に万歳をとなえた。
「帆村探偵、ばんざーい」
「花嫁糸子さん、ばんざーい」
いまは夫と仰ぐ帆村荘六とチラリと目を見合わせて、新婦糸子は羞《はずか》しそうにパッと頬を染めた。
それを望んで、見送り人たちの中から、また大きな賑やかな拍手が起った。
列車は測《はか》りきれない幸福を積んで、徐々《じょじょ》に東へ動きだした。
底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「講談雑誌」
1937(昭和12)年1月号〜10月号
入力:tatsuki
校正:花田泰治郎
2005年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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