てくる意識の中で、なんとかしてこの危難からのがれる工夫はないものかと、働かぬ頭脳に必死の鞭《むち》をうちつづけた。
死線を越えて
稀代《きだい》の怪魔《かいま》「蠅男」の暴逆《ぼうぎゃく》のあとを追うて苦闘また苦闘、神のような智謀をかたむけて、しかも勇猛果敢な探偵ぶりを見せた青年探偵帆村荘六も、いま一歩というところで、無念にも蠅男とお竜の術中に陥《おちい》り、いま湯気に煙る砂風呂のうちに惨殺《ざんさつ》されようとしているのであった。なんという無慚《むざん》、なんという口惜しさであろう。
お竜の十本の指がやさしき女とは思われぬ恐ろしい力でもって、帆村の頸を左右から刻一刻と締めつけてくるのだった。起き上ろうとするが、生憎《あいにく》首のところまで砂に埋っており、肩の上からはお竜のはちきれるように肥えた膝頭が、盤石のような重味となって圧《お》しつけているのであった。これでは身動きさえできない。
(参った。――しかしまだ血路の一つや二つはありそうなものだが!)
帆村は全身の血を脳髄のなかに送って、死線を越えようと努力をつづけていた。
「こ、殺される前に――」
と、帆村はふりしぼるような声をあげた。
「しッ、静かにしろ」
と、蠅男は依然として砂のなかから首だけだして眼を剥《む》いた。
「こ、殺される前に、一つだけ聞きたいことがある。く、頸をすこし、ゆ、ゆるめて……」
それを聞くと、蠅男はなに思ったか、お竜の方にそれとサインを送った。その効目《ききめ》か、お竜の指の力は、申訳にすこしゆるんだようだ。
「早く云え」
「うむ」と帆村は喘《あえ》ぎ喘《あえ》ぎ「貴様は、なぜあの三人を殺したのだ。鴨下ドクトルと玉屋と塩田先生と、この三人を殺すには定《さだ》めし理由があったろう。それを教えてくれ」
「そのことか」と蠅男はたちまち見るも残忍な面になって、
「冥土《めいど》の土産にそれを聞かせてやろうか。鴨下というエセ学者は、五体揃った俺の身体を生れもつかぬこんな姿にしてしまった。自分のために、他人の人生を全然考えないひどい野郎だ。それを殺さずにゃいられるものか。玉屋のやつは余計なおせっかいをしやがったため、俺は永い間牢獄につながれるし、死刑まで喰った。俺が南洋で西山を殺したのは、金に目がくらんだためばかりではなかった。彼奴《あいつ》は、俺に勘弁ならない侮辱を与えたんだ。その復讐をしてやったのだ。塩田検事は、俺を死刑にしても慊《あきた》らぬ奴だと、ひどい論告を下しやがった。それがために、俺は無期の望みさえ取上げられてしまったのだ。どうだ、お前と俺とが入れかわっていたと考えてみろ。お前もきっと俺のようにしたに違いないんだ」
なんという恐ろしい告白だろう。一応条理はたっているつもりで、悪いと思うどころか平然と殺人をやって悔いないとは、正に鬼畜の類であった。
「まだ、やるのか」
「まだまだやっつける奴がいる。さしあたりお前をやっつけてやる」
「いつも脅迫状につけてあった、あの気味のわるい手足を※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]がれた蠅の死骸は?」
「分っているじゃないか。手足のない俺のサインだ」
帆村は、すっかり観念したように装いながら、実はしきりと時間の経過するのを待っていたのだ。あまり長くなると、きっと連れの楢平が怪しんでこの砂風呂に入ってくるだろうから、そのとき騒げば助かるかもしれないと思っていたのだった。
「あの巧妙な手や足はずいぶん巧妙にできているが、一体何と何との働きをするんだ」
「あれはこうだ。まず右手の腕には……」
と、蠅男はついいい気になって、自分の巧妙な義手の話をはじめた。それを帆村は、さっきから待っていたのだ。突然彼は、
「えいッ」
と叫ぶなり、満身の力をこめて、砂の上にガバとうつ伏せになった。
「ああッ」
とお竜が叫んだときは、もうすでに遅かった。帆村の力にひかれて、お竜は強く前の方にグッとひかれ、ヨロヨロとなったところを帆村はすかさず、さっと身をうしろに開いたから、大きなお竜の身体は見事に背負い投げきまって、もんどりうって前に叩きつけられ、したたか腰骨を痛めた。それも道理であった。帆村はお竜の身体が、蠅男の首の真上に落ちかかるよう、うまい狙いをつけて、一石二鳥の利を図ったのだ。
「あッ、危いッ」
と蠅男が悲鳴をあげたが、既にもう遅かった。蠅男の首はズブリと砂の中にもぐりこんだ。
素晴らしい転機であった。
帆村の沈勇は、よく最後の好機をとらえることに成功し、辛《かろ》うじて死線を越えた。
帆村の身体は、いまや軽々と自由になった。
砂の中にもぐりこんだ蠅男の苦しそうな呻き声。だが不死身の蠅男のことであるから、そう簡単に、砂の中で往生するかどうか。
蠅男は、まるで怒った牡牛のよう
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