る一番近道であらねばならぬ。一体それは何だろう。
 この最初の被害者である鴨下ドクトル邸内にも、必ずやその殺害理由を説明するに足る秘密材料の一つや二つが隠されているに相違ない。この際、出来るだけ早くそれを探しあてることだ。
 帆村は、心の中に頷《うなず》いて、小暗い部屋の中を見廻した。暗さの中に瞳が慣れると、この部屋は書庫であるのに気がついた。その書庫には、プーンと黴《かび》の生えた匂いのする古い図書が何万冊となく雑然と積みかさねられてあったのである。
 いま帆村の感覚は針のように尖っていた。彼はその堆高《うずたか》い古書の山を前に向いあっていたとき、不図《ふと》一つの霊感を得た。
(――この古書の中に、なにか参考になる記録が交っておりはしまいか?)
 そう思いつくと、帆村は猛然と活動を開始した。彼はその堆高い古書を、片っぱしから調べ始めたのである。
 カオルと山治も、帆村のために進んで協力を申出でた。そこで三人は、鼠のようになって、古書の山を切り崩していった。
 小半時間も懸ったであろうか。
「うむ、あったぞッ!」
 と、突然帆村が叫んだ。カオルと山治が愕いてその方を見ると、帆村探偵は、空っぽになった本棚の隅から一冊の皮表紙の当用日記を、頭上高くさしあげていた。
「これだこれだ。ドクトルの日記だ。塩田検事正の名が出ている!」
「ええッ」
「まだある。玉屋総一郎の名もあるんだ」
 帆村探偵は興奮のあまり、ドクトルの日記帳をもつ手のブルブル慄えるのをどうすることもできなかった。
 鴨下ドクトルの日記帳の中には、そも如何なる大秘密が認められてあったろうか?


   縮小人間の秘密


 実に貴重なる鴨下ドクトルの日記帳だった。
 プーンと黴の匂いが鼻をうつその黄色くなったドクトルの日記帳のページの中から、永らく帆村の知りたいと思っていた「蠅男」の正体が遂に顔を出したのであった。
 帆村は、青白い額の上にジットリと脂汗《あぶらあせ》を滲《にじ》ませながら、日記帳の中に認められていた愕くべき十年前の秘密について、ドクトルの遺児カオルとその愛人との前に説明をした。その大略は次のようなものであった。
     *
 その日記帳を展げてみると、まずドクトルが一つの素晴らしい医学的研究を思いついて、たいへん得意らしい文章が目についた。そこには、その研究がどんな素晴らしい内容をもっているのか、それには触れていなかった。
 其の次には、ドクトルはその研究材料となってくれる人間を何とかして獲たいものだと、くどくどと熱望の言葉がつらねてあった。
 それからしばらくページを繰ってゆくと、こんどはいよいよ念願が叶って、近く試験台になる人間を手に入れることができるかもしれないと書いてあった。
 時の塩田検事正の名が登場したのも、それから幾日と経たないのちのことだった。塩田検事正は、予(ドクトルのこと)の願いを入れて死刑囚を一旦処刑後引渡すから後はそのまま死なすなり生かすなり思うようにしろと云ってくれたこと、但しこれが他に知れると由々敷《ゆゆし》き大事《だいじ》であるから絶対秘密を守るようにという条件を持ち出されたことが認められてあった。
 それから一週間ほどして、日記帳のページは何のためか十日間ほど空白のまま残されていたが、その後の日附のところには、突然|糊本千四郎《のりもとせんしろう》の名が現われ、しかも毎日附け落ちもなくその消息がつけてある。この様子から見ると既に糊本はドクトル邸に同居しているらしかった。
 二十八歳の死刑囚糊本のことについては、ずっと後に数頁を費《ついや》して詳しく説明がしてあった。それによると、死刑囚糊本は南洋で案内人を業としているうち、日本から出稼ぎできていた西山某なる商人の所持金を奪うため、海岸の人気のないところで棍棒をふるって無慚《むざん》にも撲殺し、所持金を奪って逃走した。誰知らぬと思いの外《ほか》、それを同じくこの地に出稼ぎ中の同郷の人、玉屋総一郎に見られてしまい、後に裁判所に於て玉屋の証言が取上げられ、糊本は遂に死刑を宣告されたとある。
 その殺人犯の糊本が刑死すると、塩田検事正の取計いで彼のまだ生温い屍体はドクトル鴨下の待っていた寝台自動車のなかに搬びいれられた。
 糊本はドクトルの手で、見事に蘇生《そせい》せしめられた。しかし彼は蘇生したことを悦ぶ前に、身動きならぬほど厳重に手術台の上に縛りつけられている我が身を怪しまねばならなかった。彼の眼は、ピカピカ光るメスを手にした鴨下ドクトルを見つけた。「何事?」と詰問しようと思ったとき、彼の鼻孔には麻酔薬の高い匂いが香《にお》った。――ドクトルの実験は、そのような光景の中に始まったのである。
 鴨下ドクトルは、糊本の手足を、惜し気もなく電気メスで切断した。そればかりではな
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