《くさむら》の上に落ちていた一本の鉄の棒――というより何か大きな機械の金具が外れて落ちていたといった風な、端の方にゴテゴテ細工のしてある鉄の棒だった。それを無意識に拾いあげると右手にぐっと握りしめ、林の中からとびだした。そして正面に見える池谷控家へむかって驀地《まっしぐら》にかけだした。
麗人《れいじん》の行方
目捷《もくしょう》に麗人糸子の危難を見ては、作戦もなにもあったものではない。最短距離をとおって、ドンと敵の胸もとに突撃する手しかない。
下駄ばきで、カラカラと石段を玄関に駈けあがるのもおそしとばかり、帆村は正面の扉をドーンと押して板の間に躍りあがった。
(階段はどこだ!)
廊下づたいに内に入ると、目についた一つの階段。彼は糸子の名を連呼しながら、トトトッとそれを駈けのぼった。
だが糸子の声がしない。すこし心配である。
「糸子さアん!」
二階には間が三つ四つあった。帆村はまず表から見えていた十畳敷ほどの広間にとびこんだ。
「居ない!」
糸子の姿は見えない。水色のカーテンが静かに垂れ下っているばかりだ。
押入の中か? 彼はその前へとんでいって襖をポンポンと開いてみた。中には夜具《やぐ》や道具が入っているばかりで糸子の着物の端ひとつ見えない。
さて困った。糸子はどこへ行ったのだろう。次の部屋だ。――
そのとき帆村の脳裏に、キラリと閃《ひらめ》いた或る光景があった。それは糸子が宙に吊りあげられているという、見るも無慚な姿だった。彼女の白い頸には、一本の綱が深く喰いこんでいるのである。……
(ああ厭だッ)
帆村は両手で目の前にある幻をはらいのけるようにした。それは彼にとって不思議な経験だった。これまで彼は数多《あまた》の残虐な場面の中に突進した。しかし一度だって、恐ろしさのために躊躇をしたり厭な気持になったことはない。それは職業だと思うからして起る冷静さが、そういう感情の発露《はつろ》をぎゅッとおさえたのである。しかしいま糸子の場合においては、それがどういうものか抑えきれなかったのは不思議というほかない。糸子がそんな残虐な姿になるには、あまりに可憐だったからであろうか。それとも帆村が彼女の危難を知りながらも、この邸内に送りこんだ責任からだろうか。とにかく帆村にとっては、糸子の苦しんでいる姿を見ることさえ辛く感ずるのだった。彼は急に気が弱くなったようである。それはなぜであろうか。
「糸子さアん、どこにいますかッ」
帆村は怒号しながら、次の部屋の襖をパッと開いた。ああそこにも糸子の姿は見えなかった。そこは八畳ほどの和室だった。押入の襖《ふすま》が一枚だけ開いて、箪笥《たんす》の引出が一つ開いて男の着物がひっぱりだされている。
それだけのことだった。糸子の姿はやっぱり見あたらない。
日頃冷静を誇る帆村もすこし焦《じ》れてきた。
彼はその部屋を出て、北側にある洋間の扉を開いて躍りこんだ。しかしそこにも卓子や肘掛椅子が静かに並んでいるだけで、別に糸子が隠れているような場所も見当らなかった。
しかしこの部屋に入ると共に、帆村の鼻を強くうった臭気があった。
「変な臭いだ。何の臭いだろう」
スーッとする樟脳《しょうのう》くさい匂いと、それになんだか胸のわるくなるような別の臭いとが交っていた。
彼は気がついて筒型の火鉢のそばへ駈けよった。
「あッ熱《あつ》ッ」火鉢のふちは何《ど》うしたわけか焼けつくように熱かった。帆村はそれに手を懸けたため、思わない熱さに悲鳴をあげた。
火鉢のなかには、赭茶けた灰の一塊があった。これは何だろう。その灰の下を掘ってみたが、そこには火種一つなかった。悪臭が帆村の鼻をついた。
「ああそうか。あのフィルムをこの火鉢の中で焼いたんだ。『人造犬』のフィルムを買って来て、この火鉢のなかで焼いたというわけか」
帆村は悪臭にたえられなくなって、窓に近づいてそこを開いた。冷い風がスーッと入ってきた。なぜフィルムを焼いたりしたんだろうか。そのとき彼は何気《なにげ》なく外を見た。そこはこの控家の裏口だった。垣根の向うに、どこから持ってきたのか一台の自動車がジッと停っていた。運転台も見えるが、人の姿はなかった。
「糸子さんは一体どこへ行ったのだろうか。たしかこの二階に上っていたんだが」
帆村は滅入《めい》ろうとする自分の心になおも鞭うって、廊下に出た。どこか秘密室でもあって、そのなかに隠されているのではなかろうかと思って探したけれど、この二階に関する限りでは別に秘密室も見当らないようであった。
そのときだった。家の外でゴトゴトジンジンと音が聞こえてきた。それは自動車のエンジンが懸ったのに違いない。自動車! 帆村はハッと気がついた。そうだ、家の裏口に自動車が停っているのを見たっけ。
「
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