下っているのであった。
 他殺か、自殺か?
 すると、正木署長が叫んだ。
「おお血や、血や」
「ナニ血だって? 縊死《いし》に出血は変だネ」
 と村松検事は屍体を見上げた。そのとき彼は愕きの声をあげた。
「うむ、頭だ頭だ。後頭部に穴が明いていて、そこから出血しているようだ」
「なんですって」
 人々は検事の指《ゆびさ》す方を見た。なるほど後頭部に傷口が見える。
「オイ誰か踏台を持ってこい」検事が叫んだ。
 帆村探偵に抱かれていた糸子は、間もなく気がついた。そのとき彼女は低い声でこんなことを云った。
「――貴郎《あなた》、なんで書斎へ入ってやったン、ええ?」
「ええッ、書斎へ――何時、誰が――」
 意外な問に帆村がそれを聞きかえすと、糸子は呀っと声をあげて帆村の顔を見た。そして非常に愕きの色を現わして、帆村の身体をつきのけた。
「――私《うち》、何も云えしまへん」
 そういったなり糸子は沈黙してしまった。いくら帆村が尋ねても、彼女は応えようとしなかった。そこへ奥女中のお松が駈けつけてきて、帆村にかわって糸子を劬《いたわ》った。
 警官たちに遅れていた帆村は、そこで始めて惨劇の演ぜられた室内に入ることができた。
「ほう、これはどうもひどい。――」
 彼とてもこの場の慄然《りつぜん》たる光景に、思わず声をあげた。そのとき検事と署長とは、踏台の上に抱き合うようにして乗っていた。そしてしきりに総一郎の屍体を覗きこんでいた。
「――正木君。これを見給え、頭部の出血の個所は、なにか鋭い錐《きり》のようなものを突込んで出来たんだよ。しかも一旦突込んだ兇器を、後で抜いた形跡が見える。ちょっと珍らしい殺人法だネ」
「そうだすな、検事さん。兇器を抜いてゆくというのは実に落ついたやり方だすな、それにしても余程力の強い人間やないと、こうは抜けまへんな」
「うん、とにかくこれは尋常な殺人法ではない」
 検事と署長は、踏台の上で顔を見合わせた。
「ねえ、検事さん。一体この被害者は、頸を締められたのが先だっしゃろか、それとも鋭器を突込んだ方が先だっしゃろか」
「それは正木君、もちろん鋭器による刺殺の方が先だよ。何故って、まず出血の量が多いことを見ても、これは頸部を締めない先の傷だということが分るし、それから――」
 といって、検事は屍体の頸の後に乱れている血痕を指し、
「――綱の下にある血痕がこん
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