ばかりにして呶鳴った。しかし内部からは、なんの応答も聞えなかった。
「こら怪ったいなことや。もっとドンドン叩いてみてくれ」
ドンドンドンと、扉はやけにうち叩かれた。主人の名を呼ぶ署長の声はだんだん疳高《かんだか》くなり、それと共に顔色が青くなっていった。
「――丁度午後十二時や。こらどうしたんやろか」
そのとき広い廊下の向うの隅にある棕櫚《しゅろ》の鉢植の蔭からヌッと姿を現わした者があった。
不思議なる惨劇《さんげき》
死と生とを決める刻限は、既に過ぎた。
死の宣告状をうけとったこの邸の主人玉屋総一郎は、自ら引籠った書斎のなかで、一体なにをしているのであろうか。その安否を気づかう警官隊が、入口の扉を破れるように叩いて総一郎を呼んでいるのに、彼は死んだのか生きているのか、中からは何の応答《いらえ》もない。扉の前に集る人々のどの顔にも、今やアリアリと不安の色が浮んだ。
そのとき、この扉の向い、丁度|棕櫚《しゅろ》の鉢植の置かれている陰から、ヌーッと現われたる人物……それは外でもない、主人総一郎の愛娘糸子の楚々たる姿だった。ところがこの糸子の顔色はどうしたものか真青であった。
「どうしたんです、お嬢さん」
と、これを逸早《いちはや》く見つけた帆村探偵が声をかけた。この声に、彼女の体は急にフラフラとなると、その場に仆れかけた。帆村は素早くそれを抱きとめた。
扉のまえでは、村松検事と正木署長の指揮によって、今や大勢の警官が扉をうち壊すためにドーンドーンと躰を扉にうちあてている。さしもの厳重な錠前も、その力には打ちかつことも出来ないと見えて、一回ごとに扉はガタガタとなっていく。そして遂に最後の一撃で、扉は大きな音をたてて、室内に転がった。
警官隊はどッと室内に躍りこんだ。つづいて村松検事と正木署長が入っていった。
「おお、これは――」
「うむ、これはえらいこっちゃ」
一同は躍りこんだときの激しい勢いもどこへやら、云いあわせたように、その場に立ち竦《すく》んだ。なるほどそれも無理なきことであった。なんということだ。今の今まで一生懸命に呼びかけていた主人総一郎が、書斎の天井からブラ下って死んでいるのであった。
すこし詳しく云えば、和服姿の総一郎が、天井に取付けられた大きな電灯の金具のところから一本の綱《つな》によって、頸部《けいぶ》を締められてブラ
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