しても、糸子はどうしてこの部屋へ搬《はこ》ばれて来たのだろう。またその脅迫状はどうして帳場に届けられたのだろう。それが分れば、憎むべき蠅男の消息がかなりハッキリするに違いない。
帆村は電話を帳場にかけた。
「誰か僕の居ない留守に、この部屋に入ったろうか」
帳場では突然の帆村の質問の意味を解しかねていたが、やっとその意味を了解して返事をした。
「ハアけさ、お客さんが外出なさいまして、その後でボーイが室内をお片づけしただけでっせ。その外に、誰も一度も入れしまへん」
「ふうむ。ボーイ君の入ったのは何時かネ」
「そうだすな。ちょっとお待ち――」と暫く送話口をおさえた後で、「けさの午前十一時ごろだす。それに間違いおまへん」
「嘘をついてはいけない。その後にも、この部屋を開けたにちがいない。さもなければ鍵を誰かに貸したろう」
「いいえ滅相《めっそう》もない。鍵は一つしか出ていまへん。そしてボーイに使わせるんやっても、時間は厳格にやっとりまんが、ことに昼からこっちずっと、お部屋の鍵はこの帳場で番をしていましたさかい、部屋を開けるなどということはあらしまへん」
帳場の返事はすこぶる頑固なものであった。帆村はそれを聞いていて、これは決して帳場が知ったことではなく、そっちへは万事秘密で行われたものに違いないと悟った。
全く不思議なことだったが、何者かが帳場と同じような鍵を使って扉を開け、そしてそこに糸子を入れて逃げたのだった。
これももちろん蠅男の仕業にちがいない。一方において脅迫状を送り、そして他方において糸子を池谷別邸からこのベッドの上に送りこんだのに違いない。しかし蠅男は、一体どうして糸子を、ソッとこの部屋に送りこんだものだろうと帆村は考えた。
「モシモシお客さん。何か間違いでも起りましたやろか」
帳場では、訝《いぶか》しげに聞きかえした。
「うむ。――」帆村は唸ったが、このとき或ることに気がついて受話器をもちかえ、「そうだ。さっき帳場で貰った西洋封筒に入った手紙のことだが、あれは誰が持ってきたのかネ」
「あああの手紙だっか。あれは――」と帳場氏は言葉を切ってちょっと逡《ためら》った。
「さあ、それを云ってくれたまえ。誰があの手紙を持ってきたのだ」
「――そのことだすがな、お客さん。ちょっと妙なところがおまんね。実はナ、あの手紙は私が拾いに出ましてん」
「手紙を拾いに
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