出たとは?」
帆村の眉がピクリと動いた。
「いえーな、それがつまり妙やなアとは思ってましたんですわ。詳しくお話せにゃ分ってもらえまへんが、あれは午後四時ごろやったと思いますが、この帳場へ電話が懸って来ましてん。懸ってみますと男の声でナ、いま玄関を出ると庭に西洋封筒を抛《ほう》りこんであるさかい、それを拾って帆村さんに渡しといて呉れ――と、こないに云うてだんネ。そして電話はすぐ切れました。なにを阿呆らしいと思うたんやけど、まあまあそんにして玄関の外に出ましたんや。するとどうだす、電話のとおりに、砂利の上にあの西洋封筒が落ちていますやないか。ハハア、こらやっぱり本当やと思って、それで拾って、お客さんにお届けしたというような次第だす」
帆村はそれを聞いて、たいへん興味を覚えた。ホテルの庭に置いた手紙を、拾ってくれと帳場に電話をかけたというのは、これは決して普通のやり方ではない。とにかくそれが事実にちがいないことは、封筒に附着していた泥を見てもしれる。それが本当だとすると、この奇妙な脅迫状の配達方法のなかに、なにか深い意味があるものと見なければならぬ。
さて、それは、いかなる深い意味をもっているか、帆村の頭脳は麗人糸子の身近くにあることを忘れて、愈々《いよいよ》冴えかえるのであった。彼はその秘密をどう解くであろうか。
怪しき泊り客
不思議な脅迫状の配達方法であった。
「ねえ君」と帆村は受話器をまだ放さないでいった。
「その電話の相手は、どこから懸けたのだか分ったかネ」
「いや、分りまへん」
「もしやこのホテル内から懸けたのではなかったかネ」
「いえ、そら違います。ホテルの中やったらもっともっと大きな声だすわ。そしてもっと癖のある音をたてますがな。ホテルの外から懸って来た電話に違いあらしまへん」
「ホテルの中から懸けた電話ではないというんだネ。フーム」帆村は首を左右にふった。それはひどく合点《がてん》が行かぬというしるしだった。
宛名なしの手紙をホテルの庭に抛りこんで置いて、そして間髪を入れず、外からその手紙を拾えと電話をかけてくることがそう安々と出来ることだろうか、一分違ってもその手紙は誰かに拾われるかもしれないんだ。そうすると必ず間違いが起るに極っている。しかも常に用意周到な蠅男である。彼がそんな冒険をする筈がない。帆村の直感では、蠅男はこのホテル
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