に、車体が右に一廻転した。下は百メートルほどの山峡だった。何条もってたまるべき、横転した自動車は弾《はず》みをくらって、毬のようにポンポン弾みながら、土煙と共に転げ落ちていった。そして遂に下まで届くと、くしゃと潰れてしまった。帆村は辛うじて制動をかけて、三輪車を道の真中に停めた。
「うわーッ、えらいこっちゃ」
「うむ、天命だな。あんなに転げ落ちてはもう生命はあるまい」
 帆村と長吉とは、車から下りて呆然と崖の底をジッと見下ろした。土煙がだんだん静まって、無慚《むざん》にも破壊した車体が見えてきた。車体は裏返しになり、四つの車輪が宙に藻《も》がいているように見えた。
 暫くジッと見つめていたが、車のなかからは誰も這いだしてこなかった。
「さあ、すぐ下りていってみよう。自動車のなかには、誰が入っているか、そいつを早く調べなきゃならない。長どん、一つ力を貸してくれたまえ」
「大丈夫だすやろか。近づくなり蠅男が飛びだして来やしまへんか」
「いいや大丈夫だろう。死んでいるか、または気絶しているかどっちかだよ。しかし何か得物をもってゆくに越したことはないだろう」
 気がついてみると帆村は腰に一本の鉄の棒を差していた。これは先刻、池谷控家の前の林の中で拾った護身用の鉄棒だった。帯に挿んで背中にまわしてあったので、うまく落ちないで持ってこられたのだった。長吉は仕方なく腰から手拭いを取って、その端に手頃の石をしっかり包んだ。もし蠅男がでたら、端をもってこの包んだ石をふりまわすつもりだった。
 二人は、背の丈ほどもある深い雑草のなかを掻《か》きわけるようにして、山峡を下りていった。
 十分ほど懸って、二人は遂に谷の底についた。幌《ほろ》は裂け鉄板は凹み、車体は見るも無慚《むざん》な壊《こわ》れ方《かた》であった。
 帆村は勇敢にも、ぐるっと後部の方に廻ってから自動車の方に匍っていった。長吉は固唾《かたず》を嚥んで、帆村の態度を注視していた。
 帆村は飛びつくようにして遂に車体にピッタリとくっついた。彼の首が次第次第に上ってきて、やがて幌の破れ目から車内を覗きこんだ。
 そのときである。帆村が胆をつぶすような大きな声で叫んだのは……。
「これは変だ。自動車は空っぽだ。中には誰も乗っていないぞッ」


   愕《おどろ》くべきニュース


 折角《せっかく》幌自動車に追いついて、はては崖下
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