見えない。しかし流石《さすが》の黄血社のダムダム珍も、帝都へ入ってきては思うように振舞えないので業《ごう》を煮やしている。それは例の江戸昌の率いている暁団が、若い連中の寄りあつまりながらなかなか頭脳《あたま》のいいことをやるので、いつも肝腎のところで邪魔をされてしまう。黄血社対暁団の対立がたいへん激烈になっているその最中に、あの錨健次の殺害についての重大なる密告があったのだ。戸沢名刑事は、密告者をこんなわけで黄血社の一味と断定したものらしい。僕も戸沢氏の断定について大体の賛成を表した。僕とて錨健次の前身やら両不良団の対立を知らないではなかったから……。しかしもっとはっきりしたところを確かめたいと思ったので、二十九日の夜、自身で江東へ出かけていったのだ。亀戸天神の裏の狭い横丁にある喫茶店ギロンというのが、かねて暁団員の連絡場所だと知っていたから……」
 帆村とくると、彼は江東の辺の事情に土地の誰よりも精通していた。帝都の暗黒中心地といわれた浅草は、関東の大震災によって完全に潰滅し、それがこの江東地帯に移ったと彼は云う。その点新宿などは新興街で只賑やかなだけで、不良仲間からはてんで認められ
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