まつ》わる事件を一と通り話をしよう……」
 それは私の最も望むところだった。


     2


 帆村はポケットに両手をつっこんでぶらぶら室内を散歩しながら、誰に話しかけるともなしに密書事件を次のように語りだした。
「昭和十年四月二十四日の朝刊に、上野公園の動物園前の杜《もり》の中で、一人の若い男が刺し殺されていたことが出ていた。被害者の身許《みもと》を調べてみると、もと『暁団』という暴力団にいた錨《いかり》健次こと橋本健次(二八)だということが判明した。暁団といえば、古い伝統を引いた江戸|生《は》えぬきの遊人《あそびにん》の団体だったが、今日ではモダン化されて若い連中ばかり。当時の団長は江戸昌《えどまさ》といってまだ三十を二つ三つ越した若者だった。――そこで錨健次は誰に殺されたか、何故殺されたかという問題になったが、ちょっと見当がつきかねた。ところが丁度僕が警察へ行っているときに名前を名乗らぬ不思議な人物から重大な密告の電話がかかっていた。『錨健次は、もとの指揮者江戸昌の命令で団員の誰かに刺し殺されたのだ。錨健次は暁団から足を洗って、江東のアイス王と呼ばれている変人金満家田代金兵
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