だ。残っているタッタ一つのものは、曰く『獏鸚!』こいつが手懸《てがか》りなのだ。なんという奇妙な手懸り! なんという難解な手懸り!……」
帆村は机の上に肘《ひじ》をついて、広い額に手を当てた。私はもうすっかり帆村の悩んでいる事件の中に引き入れられてしまった。
「ねえ帆村君」と私は自信もないのに[#「自信もないのに」は底本では「自身もないのに」]呼びかけた。「ほら昔のことだが、源三位頼政が退治をした鵺《ぬえ》という動物が居たね」
「ああ、君も今それを考えているのか」帆村は憐むような眼眸《まなざし》を私の方に向けて云った。「鵺なんて文化の発達しなかったときのナンセンスだよ。一九三五年にそんなナンセンス科学は存在しない」
「そうでもあるまい。最近ネス湖の怪物というのが新聞にも出たじゃないか」
「怪物の正体が確かめられないうちは、ネス湖の怪物もナンセンスだ。君は頭部が獏で、胴から下が鸚鵡《おうむ》の動物が、銀座通りをのこのこ歩いている姿を想像できるかい」
友人は真剣な顔付で私に詰めよった。私はすこし恐くなって目を反《そら》した。そのとき向いの壁に、帆村が描いたらしく、獏と鸚鵡とが胴中のとこ
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