の方は、「あらまそーお、マダム居ないの、騙《だま》したのね。外は寒いわ、正に。おお寒む」
 というのであった。なるほど、これでは前後の台辞の続き工合がすこし変であった。
「これは面白い……」と帆村は手帖に書きとめて、
「……アラマソーオ、マダムイナイノ、ダマシタノネ、ソトハサムイワ、マサニ、オオサム……。これは面白いぞ」
 としきりに面白がって、同じ文句を読みかえすのであった。
「帆村君、どうして台辞なんか間違えたんだろう」
「なあにこれは一種の暗号だよ。……『獏鸚』以上の隠し文句なんだ」帆村がそう云ったとき、俄かに入口の方にがやがやと人声がして、誰かこっちへ跫音も荒く、近づいて来る者があった。……。私は扉の方へ、振りかえった。
 と、そこへ扉を排して現れたのは、私もかねて顔見知りの警視庁の戸沢刑事だった。
「これは……」と戸沢名刑事は帆村の方を呆れ顔で眺めてから、ぶっつけるように云った。
「帆村君、えらいことが起ったよ」
「えらいことって何です。戸沢さん」と帆村もちょっと突然の戸沢刑事の来訪に駭きの色を見せた。
「江東のアイス王、田代金兵衛が失踪したんだよ、今日解ったんだがね」
「あ
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