しょう」
「…………」帆村は余程感動したらしく、無言で頤《あご》をつねっていた。
私は、わが三原玲子が、たった半日の間に不思議な噂の中に浮きつ沈みつするようになったことを恐ろしく思った。果して彼女は「暁団」の団員であろうか。そして一体何のために、台辞を間違えたり、それからそのフィルムを盗まれたりするのだろう。それが何か錨健次の非業な最期や、暁団対黄血社の闘争に関係があるのだろうか。奇怪といえば奇怪であった。彼女に搦《から》まる「獏鸚」の謎は、どこまで拡がってゆくのだろう。
「木戸さん、三原さんの間違えたという台辞は今お判りでしょうか」と帆村が突然口を開いた。
木戸は肯くと、室を出ていったが、間もなく一冊の仮綴の台本を持ってきた。その表紙には「銀座に芽ぐむ」と大書せられてあった。
「ここですよ――」
彼が拡げたところを見ると、ガリ版の文字が赤鉛筆で消されていた。その文句は、玲子役の女給ナオミの台辞として、
「……まっすぐに帰るのよ。またどっかへ脱線しちゃいけないわよ。もしそうだったら、こんどうんと窘《いじ》めてやるから……」
と与えられているのに、トーキーで彼女が実際に喋った台辞
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