まつ》わる事件を一と通り話をしよう……」
それは私の最も望むところだった。
2
帆村はポケットに両手をつっこんでぶらぶら室内を散歩しながら、誰に話しかけるともなしに密書事件を次のように語りだした。
「昭和十年四月二十四日の朝刊に、上野公園の動物園前の杜《もり》の中で、一人の若い男が刺し殺されていたことが出ていた。被害者の身許《みもと》を調べてみると、もと『暁団』という暴力団にいた錨《いかり》健次こと橋本健次(二八)だということが判明した。暁団といえば、古い伝統を引いた江戸|生《は》えぬきの遊人《あそびにん》の団体だったが、今日ではモダン化されて若い連中ばかり。当時の団長は江戸昌《えどまさ》といってまだ三十を二つ三つ越した若者だった。――そこで錨健次は誰に殺されたか、何故殺されたかという問題になったが、ちょっと見当がつきかねた。ところが丁度僕が警察へ行っているときに名前を名乗らぬ不思議な人物から重大な密告の電話がかかっていた。『錨健次は、もとの指揮者江戸昌の命令で団員の誰かに刺し殺されたのだ。錨健次は暁団から足を洗って、江東のアイス王と呼ばれている変人金満家田代金兵衛の用心棒になっていた。ところが暁団では田代金兵衛の一億円を越えるという財宝に目をつけて、その手引を昔の縁故で健次に頼んだのだが、彼は拒絶してしまった。それでとうとう江戸昌が命じて刺殺させたのだ』というのだ。この電話の裡《うち》に警察では直ちに手配して、電話を掛けている密告者の逮捕を企《くわだ》てたが、向うもさる者で、僅か二分間で電話を切ってしまった。交番の巡査が駈《かけ》つけたときには、公衆電話函は塔の中のように静かだったという。……どうだ、聴いているかね」
と帆村は私の前にちょっと立ち停った。私が黙って肯くと、彼はまたのそのそと室内の散歩を始めながら、先を続けた。
「謎の密告者については、戸沢という警視庁きっての不良少年係の名刑事がずばりと断定を下した。それは黄血社《こうけつしゃ》という秘密結社の一味に違いないというのだ。黄血社といえば国際的なギャングで、首領のダムダム珍《ちん》というのが中々の腕利《うできき》であるため、その筋には尻尾《しっぽ》をつかまれないで悪事をやっている。その上不良団をどんどん併合して党勢をぐんぐん拡張している。いまに何か戦慄すべき大事件を起すつもりとしか
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