って、三原玲子が間違えて喋ったという例の台辞を、譫言《うわごと》かなにかのように何遍も何遍もくりかえして呟《つぶや》いた。――暗号といえば「獏鸚」のことなど、すっかり忘れたように見えた。「どうしても、この文句の中に、暗号が隠れていなければならない。こいつはきっと、あの江東のアイス王の巨人金庫を開く鍵でなければならぬ!」
そういう信念のもとに、帆村は世間のニュースを耳に留めようともせず、只管《ひたすら》にこの暗号解読に熱中した。――その間、江東のアイス王の金庫はいくたびとなく専門家の手で、ダイヤルを廻されたり、構造を調べられたりしたが、大金庫は巨巌のようにびくりともしなかった。
そのうちにも、暁団の捜査が続けられたが、彼等は天井裏から退散した鼠のように、何処へ潜《ひそ》んだのか皆目行方が知れなかった。
そうなると得意なのは黄血社の連中だった。
ダムダム珍は、例の巣窟に党員中の智恵者を集めて、鳩首《きゅうしゅ》協議を重ねていた。秘報によると、それは暁団の不在に乗じて、警戒員の隙を窺《うかが》い、例の金庫から時価一億円に余るという金兵衛の財宝を掠《かす》める相談だとも伝えられ、また予ねて苦心の末に手に入れた暁団の秘密を整理して当局に提出し、一挙にして暁団を地上から葬ろうという相談だとも云われた。
「一体何処へ隠れてしまったのだろう?」
巨人金庫の前に詰めていた特別警備隊も、二日、三日と経つと、すこし気がゆるんできた。そして空しく巨億の財産を嚥《の》んでいる大金庫を憎らしく思い出した。
そのとき、わが友人帆村は、幽霊のようになって、その穴倉の中に入ってきた。――警備員はそれを見るなり皮肉な挨拶をするのであった。
帆村は黙々として、ポケットからノートを出した。右手をダイヤルに伸べ、左手で電気釦を押しながら、私の差しだす懐中電灯の明りの下で、彼の誘き出した第一、第二等々の解読文字を一つ一つ丹念に試みていった。――しかし今日もまた空《むな》しい努力に終ったのだった。
「いよいよ二三日うちにこの金庫を焼き切ることにしたそうだ……」
と、そんな噂が耳に入った。その噂だけが今日の皮肉な土産だった。
家にかえると、帆村は黙々として、また白紙のうえに、鉛筆で文字を模様のように書き続けるのだった。
「どうしたい。ちと憩《やす》んではどうか」
と私は彼に薦《すす》めた。
「
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