「その上衣はどこにありましょうか。鳥渡《ちょっと》拝見したいのですが……」
「上衣はうちにございますから、どうかいらしって下さい」
「ではこれから直ぐに伺いましょう。みちみち古い戦友のことも、もっと話して戴《いただ》こうと思います」
「ああ、半崎甲平《はんざきこうへい》さんのことですか?」トシ子嬢は、父の戦友の名前を初めて口にしたのだった。
2
園長邸を訪ねた帆村は心痛《しんつう》している夫人を慰《なぐさ》め、遺留《いりゅう》の上衣を丹念に調べてから何か手帖に書き止めると、外《ほか》に園長の写真を一葉借り、園長の指紋を一通り探し出した上で地続《じつづ》きの動物園の裏門を潜《くぐ》ったのだった。
西郷という副園長は、すぐ帆村に会ってくれた。あの西郷隆盛の銅像ほど肥《こ》えている人ではなかったが、随分《ずいぶん》と身体の大きい人だった。
「園長さんが失踪《しっそう》されたそうで御心配でしょう」
と帆村は挨拶《あいさつ》をした。「一体いつ頃お気がつかれたのですか」
「全く困ったことになりましたよ」巨漢《きょかん》の理学士は顔を曇らせて云った。「いつ気がついたというこ
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