逢えばその当時のことが思い出されて、ちょっとやそっとでは別れられなくなるんだということです」
「すると園長は日露戦役に出征《しゅっせい》されたのですね」
「は、沙河《さか》の大会戦《だいかいせん》で身に数弾《すうだん》をうけ、それから内地へ送還《そうかん》されましたが、それまでは勇敢に闘いましたそうです」
「では金鵄勲章組《きんしくんしょうぐみ》ですね」
「ええ、功《こう》六級の曹長《そうちょう》でございます」応《こた》えながらも、こんなことが父の失踪に何の関係があるのかと、トシ子は探偵の頭脳《あたま》に稍《やや》失望を感じないわけにゆかなかった。
 しかし最後へ来て、この些細《ささい》らしくみえるのが、事件解決の一つの鍵となろうとは二人もこの時は夢想《むそう》だもしなかった。
「園長はそんなとき、帽子も上衣も着ないでお自宅《うち》にも云わず、ブラリと出掛けるのですか」
「そんなことは先ずございません。自宅に云わなくとも、帽子や上衣《うわぎ》は暖いときならば兎《と》に角《かく》、もう十一月の声を聞き、どっちかと云えば、オーヴァーが欲しい時節です。帽子や洋服は着てゆくだろうと思いますの」
前へ 次へ
全46ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング