けして園内を一通り調べて下すったそうです。今朝も、また更《さら》に繰返《くりかえ》して探して下さるそうです」
「なるほど」帆村は頷《うなず》いた。「西郷さんは驚いていましたか」
「はァ、今朝なんかは、非常に心配して居て下さいました」
「西郷さんのお家とご家族は?」
「浅草《あさくさ》の今戸《いまど》です。まだお独身《ひとり》で、下宿していらっしゃいます。しかし西郷さんは、立派な方でございますよ。仮《か》りにも疑うようなことを云って戴《いただ》きますと、あたくしお恨《うら》み申上げますわ」
「いえ、そんなことを唯今考えているわけではありません」
 帆村は今時《いまどき》珍らしい、日本趣味の女性に敬意と当惑《とうわく》とを捧《ささ》げた。
「それから、園長はときどき夜中の一時や二時にお帰宅《かえり》のことがあるそうですが、それまでどこで過していらっしゃるのですか」
「さァそれは私もよく存じませんが、母の話によりますと、古いお友達を訪ねて一緒にお酒を呑んで廻るのだそうです。それが父の唯一の道楽でもあり楽しみなんですが、それというのもそのお友達は、日露戦役《にちろせんえき》に生き残った戦友で、
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