たま》の中に電光のように閃《ひらめ》いた幻影《げんえい》があった。それは、園長の死体が調餌室に搬ばれたと見る間に、料理人が壁から大きな肉切庖丁を下《おろ》して、サッと死体を截断《せつだん》する。そして駭《おどろ》くべき熟練をもって、胸の肉、臀部《でんぶ》の肉、脚の肉、腕の肉と截り分け、運搬車に載せると、ライオンだの虎だの檻の前へ直行して、園長の肉を投げ込んでやる。……いや、恐《おそろ》しいことである。
「これが、調餌室の主任、北外星吉《きたとせいきち》氏です」西郷副園長が、ゴム毬《まり》のように肥《こ》えた男を紹介した。
「やあ、帆村さんですか」北外畜養員はニコヤカに笑った。
「貴方《あなた》のお名前は兼《か》ねてよく知っていましたよ。今度の事件はまるで、貴方に挑戦しているようなもので、実にうってつけの大事件ですなア」
 帆村はこの機嫌のいい、しかし何だかひやかされているような気がしないでもない北外の挨拶に対して、頓《とみ》に言うべき言葉もなかった。しかし此《こ》のまんまるく太った子供の相撲取《すもうとり》のような男の顔を見ていると、彼が悪事を企図《たくら》むような種類の人間だとは思え
前へ 次へ
全46ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング