脱ぎすてると、冷水を張った浴槽《よくそう》へドブンと飛び込み、しぶきをあげて水中を潜《くぐ》りぬけたり、手足をウンと伸《のば》したり、なんのことはない膃肭獣《おっとせい》のような真似をすること三分、ブルブルと飛び上って強《こわ》い髭《ひげ》をすっかり剃《そ》り落《おと》すのに四分、一分で口と顔とを洗い、あとの二分で身体を拭《ぬぐ》い失礼ならざる程度の洋服を着て、さて応接室の内扉《うちドア》をノックした。
応接室の函《はこ》のなかには、なるほど若い婦人が入っていた。
「お待たせしました。さあどうぞ」と椅子を進めてから、「早速《さっそく》ご用件を承《うけたまわ》りましょう」
「はァ有難とう存じます」婦人は帆村の切り出し方の余りに早いのにちょっと狼狽《ろうばい》の色を見せたが、思いきったという風《ふう》で、黒眼がちの大きい瞳を帆村の方に向け直した。その瞳の底には言いしれぬ憂《うれ》いの色が沈んでいるようであった。「ではお話を申しあげますが、実は父が、突然行方不明になってしまったんでございます――。昨日の夕刊にも出たのでございますが、あたくしの父というのは、動物園の園長をして居ります河内武太
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