夫《かわちたけだゆう》でございます」
「ああ、貴女が河内園長のお嬢さんのトシ子さんでいらっしゃいますか」帆村は夕刊で、憂いに沈む園長の家族として令嬢トシ子(二〇)の写真を見た記憶があった。その記事は社会面に三段抜きで「河内園長の奇怪な失踪《しっそう》・動物園内に遺留《いりゅう》された帽子と上衣」といったような標題《ひょうだい》がついていたように思う。
「はァ、トシ子でございます」と美しい眼をしばたたき、「ご存知でもございましょうが、私共の家は動物園の直《す》ぐ隣りの杜《もり》の中にございまして、その失踪しました十月三十日の朝八時半に父はいつものように出て行ったのです。午前中は父の姿を見たという園の方も多いのでございますが、午後からは見たという方が殆んどありません。お午餐《ひる》のお弁当を、あたくしが持って行きましたが、それはとうとう父の口に入らなかったのでした。正午にも事務所へ帰ってこないことを皆様不思議に思っていらっしゃいましたが、父は大分変り者の方でございまして、気が変るとよく一人でブラリと園を出まして、広小路《ひろこうじ》の方まで行って寿司屋《すしや》だのおでん屋などに飛び込み、
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