っちゃ駄目ですよ」
 帆村は何も応えなかったが、先に園長令嬢のトシ子と語ったときのことと、いま西郷副園長が冗談に紛《まぎ》らせて云ったこととを併《あわ》せて頭脳《あたま》の中で整理していた。この上は、鴨田という爬虫館の研究員に会うことが楽しみとなった。
「鴨田さんは、主任では無いのですか」
「主任は病気で永いこと休んでいるのです。鴨田君はもともと研究の方ばかりだったのが、気の毒にもそんなことで主任の仕事も見ていますよ」
「研究といいますと――」
「爬虫類《はちゅうるい》の大家です。医学士と理学士との肩書をもっていますが、理学の方は近々学位論文を出すことになっているので、間もなく博士でしょう」
「変った人ですね」
「いや豪《えら》い人ですよ。スマトラに三年も居て蟒《うわばみ》と交際《つきあ》いをしていたんです。資産もあるので、あの爬虫館を建てたとき半分は自分の金を出したんです。今も表に出ているニシキヘビは二頭ですが、あの裏手には大きな奴が六七頭も飼ってあるのです」
「ほほう」と帆村は目を円《まる》くした。「その非公開の蛇も検《しら》べたんですか」
「そりゃ勿論ですよ。研究用のものだからお客さんにこそ見せませんが、検べることは一般と同じに検べますよ。別に園長さんを呑んでいるような贅沢《ぜいたく》なのは居ませんでした」
 帆村は副園長の保証の言葉を、そう簡単に受入れることはできなかった。園長を最後に見掛けたというところが、此の爬虫館と小禽暖室の辺であってみれば、入念に検べてみなければならないと思った。
「さあ、ここが爬虫館《はちゅうかん》です」
 副園長の声に、はッと目をあげると、そこにはいかにも暖室《だんしつ》らしい感じのする肉色の丈夫な建物が、魅惑的《みわくてき》な秘密を包んで二人の前に突立っていた。


     3


 扉《ドア》を押して入ると、ムッと噎《む》せかえるような生臭《なまぐさ》い暖気《だんき》が、真正面から帆村の鼻を押《おさ》えた。
 小劇場の舞台ほどもある広い檻《おり》の中には、頑丈《がんじょう》な金網《かなあみ》を距《へだ》てて、とぐろを捲《ま》いた二頭のニシキヘビが離れ離れの隅《すみ》を陣取ってぬくぬくと睡《ねむ》っていた。その褐色《かっしょく》に黒い斑紋《はんもん》のある胴中は、太いところで深い山中《さんちゅう》の松の木ほどもあり、こまかい鱗《うろこ》は、粘液《ねんえき》で気味のわるい光沢《こうたく》を放っていた。頭は存外《ぞんがい》に小柄で、眼を探すのに骨が折れたが、やっとのことで彫《ほ》りこんだような黄色い半開きの眼玉を見つけたときには、余りいい気持はしなかった。帆村たちの入って来たのが判ったものか、フフッ、フフッと、風に吹きつけられたように身体の一部を波うたせていたのだった。
 こんなのが、裏手にはまだ六七頭もいるんだと思うと、生来《せいらい》蛇嫌いな帆村はもうすっかり憂鬱《ゆううつ》になってしまった。
 そのとき奥の潜《くぐ》り戸《ど》をあけて、副園長の西郷が、やや小柄の、蟒《うわばみ》に一呑みにやられてしまいそうな、青白い若紳士を引張ってきた。
「ご紹介します。こちらがこの爬虫館《はちゅうかん》の鴨田研究員です」
 二人は言葉もなく頭を下げた。
「園長の最後に此の室へ来られたときのことをお伺《うかが》いしたいのですが」
「今朝も大分警視庁の人に苛《いじ》められましたから、もう平気で喋《しゃべ》れますよ」と鴨田研究員は前提《ぜんてい》して「私は時計を見ない癖《くせ》なのでしてネ、正午《ひる》のサイレンからして、あれは多分十一時二十分頃だったろうと思うのですが、カーキ色の実験衣を着た園長が入って来られまして、そうです、二三分間だと思いますが、ここに出ている一頭のニシキヘビの元気が無いことから、食餌《しょくじ》の注意などを云って下すって其儘《そのまま》出てゆかれたんです」
「それは此の室だけへ入って来られたのですか、それとも」
「今の話は奥でしました。私は別にお送りもしませんでしたが、園長は確かにこの潜《くぐ》り戸《ど》をぬけて此の室へ入られたようです」
「表へ出られた物音でも聞かれましたか」
「いえ、別に気に止めていなかったものですから」
「なにか様子に変ったことでもありましたでしょうか」
「ありません」
「園長が表へ出られたと思う時刻から正午《ひる》までに、戸外に何か異様な叫び声でもしませんでしたか」
「そうですね。裏の調餌室へトラックが到着して、何だかガタガタと、動物の餌を運びこんでいたようですがね、その位です」
「ほほう」帆村は眼を見張《みは》った。「それは何時頃です」
「さあ、園長が出てゆかれて十五分かそこらですかね」
「すると十一時三十五分前後ですね。動物の食うものというと、随分|嵩張《
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