かさば》ったものでしょうね」
「それア相当なもんですなア」と副園長が横合《よこあい》から云った。
「馬鈴薯《じゃがいも》、甘藷《かんしょ》、胡羅蔔《にんじん》、雪花菜《ゆきやさい》、※[#「麥にょう+皮」、第3水準1−94−77]《ふすま》、藁《わら》、生草《なまくさ》、それから食パンだとか、牛乳、兎《うさぎ》、鶏《とり》、馬肉《ばにく》、魚類など、トラックに満載《まんさい》されてきますよ」
「なるほど」帆村は又《また》鴨田の方へ向き直った。「莫迦《ばか》げたことをお尋《たず》ねいたしますが、この蟒《うわばみ》は人間を呑みますか」
「呑まないとは保証できませんが、あまり人間は襲《おそ》わない習性《しゅうせい》です。先刻《さっき》もそんなことを訊かれましたが、園長を呑んでいないことは確かですよ。人間を呑むには時間もかかれば呑んでも腹が膨《ふく》れているので直ぐ判ります」
 帆村は黙って頷《うなず》いた。
 しかし人間の身体を九つ位にバラバラに切断《せつだん》して、この蟒に一塊《いっかい》ずつ喰べさせれば、比較的容易に片づくわけだし、腹も著しく膨《ふくら》むこともなかろうと考えたので、質問してみようと思ったが、これは重大な結果になりそうだから、もっと先で訊《き》くことにした。そしてそれとなく蟒全部の腹の膨れ工合《ぐあい》を検《しら》べてやろうと思った。
 それで裏手の鴨田理学士の研究室を見せて欲しいと云うと、直ぐ許されて、一同は潜り戸を入っていった。
 其処《そこ》はいとも奇妙な広い部屋だった。竪長《たてなが》の三十坪ほどもあろうという、ぶちぬきの一室だったが、縦《たて》に二等分し、一方には白ペンキを盛んに使った卓子《テーブル》や書棚や、書類函や、それから手術台のようなもの、硝子戸《ガラスど》の入った薬品棚、標本棚、外科器械棚などが如何にも贅沢《ぜいたく》に並び、其他《そのた》、人間が入れそうなタンクのような訳のわからぬ装置が二つも三つも置かれてあった。窓は上の方に小さく、天井《てんじょう》には水銀灯をつかった照明灯が、気味の悪い青白光《せいはっこう》を投げかけていた。床《ゆか》の一ヶ所を開けて地下に潜《ひそ》んでいる園丁の一団があったが、それは話のあった捜索隊に違いなかった。室の一隅《いちぐう》には警視庁の制服《せいふく》警官が二人ほどキラキラする眼を光らせていた。
 他の縦半分《たてはんぶん》には頑丈な檻があって、その中に見るも恐ろしい大ニシキヘビが七頭、死んだようになって勝手な場所を占領していた。帆村は檻に掴《つか》まると、端《はし》の蟒から一頭一頭、腹の大きさを見ていった。しかしどうやらどの蛇も思いあたるような大きな腹をしたのは居なかった。しかしバラバラの死体を呑んだとして、犯行が三十日の正午《ひる》近くと仮定し今日は二日の午後であるから二日過ぎとすると、この間に蟒の腹は目立たぬ程に小さくなったのではあるまいか。
「鴨田さん」帆村は背後を振返《ふりかえ》った。「ニシキヘビには山羊《やぎ》を喰べさせるそうですが、何日位で消化しますか」
「そうですね」鴨田は揉《も》み手《で》をしながら実直《じっちょく》そうな顔を出した。「六貫位はある山羊を呑んだとしまして、先ず三日でしょうか」
 それなれば十二三貫ある園長を八つか九つの切れにして、九頭の蟒に与えるなら、いままでまる二日は過ぎたから、もう程よく溶《と》けたころに違いない。しかし一体誰が殺したか、誰が死体をバラバラにし、誰が蟒に与えたか。それは一向にハッキリ判っていなかったが、この生白《なまじろ》い鴨田研究員の関係していることは否《いな》めなかった。
「ああ、西郷君」そう云ったのは鴨田理学士だった。「一昨日この爬虫館の前で拾得《しゅうとく》したので僕が事務所へ届けて置いた万年筆ね、あれは先刻警官の方が調べられて、園長さんのものだと判ったそうですよ」
「ああ、そう」西郷副園長は簡単に応《こた》えたが、其の後でチラリと帆村の方に素早《すばや》い視線を送った。
 帆村は知らぬ風をして、この会話の底に流れる秘密について考えた。館の前で園長の持ち物を拾ったということは、場合によっては決して鴨田氏の利益ではなかった。万年筆はよく落すものではあるが、そんなに具合よく館の入口に落すものではない。また物静かな園長が落すというのも可怪《おか》しい。鴨田が後に怪《あやし》まれることを勘定《かんじょう》に入れて落して行ったか、さもなくて鴨田が自《みずか》ら落ちていたと偽《いつわ》り届けたものか、どっちかである。始めのようだと鴨田を陥《おとしい》れようとしているのは誰かという問題となり、後のようだと鴨田は自ら嫌疑《けんぎ》をうけようとするもので、そこには容易ならぬ犯罪性を発見することになって、帆村は鴨田の
前へ 次へ
全12ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング