も言ったとおり、これを直ぐ開けたんでは、動物が皆|斃死《へいし》してしまいます」
「しかし人間の生命には代えることは出来ません」
「なに人間の生命? はッはッ、君は此のタンクの中に、三日前に行方不明になった園長が隠されているのだと思っているのですね」
「そうです。園長はそのタンクの中に入っているのです!」
帆村はグンと癪にさわった揚句《あげく》(それは彼の悪い癖だった)大変なことを口走ってしまった。それは前から多少疑いを掛けていたものの、まだ断定すべきほどの充分な条件が集っていなかったのだ。怒鳴《どな》ったあとで大いに後悔《こうかい》はしたものの、不思議に怒鳴ったあとの清々《すがすが》しさはなかった。
「君は僕を侮辱《ぶじょく》するのですね」
「そんなことは今考えていません。それよりも一分間でも早く、このタンクを開いていただきたいのです」
「よろしい、開けましょう」断乎として鴨田が思切《おもいき》ったことを云った。「しかし若《も》しもこのタンクの中に園長が入っていなかったら君は僕に何を償《つぐな》います」
「御意《ぎょい》のままに何なりと、トシ子さんとあなたの結婚式に一世《いっせ》一代の余興《よきょう》でもやりますよ」
この帆村の言葉はどうやら鴨田理学士の金的《きんてき》を射《う》ちぬいたようであった。
「よろしい」彼は満更《まんざら》でない面持《おももち》で頷《うなず》いた。「ではこの装置を開けましょうが、爬虫どもを別の建物へ移さねばならぬので、その準備に今から五六時間はかかります。それは承知して下さい」
「ではなるべく急いで下さい。今は、ほう、もう四時ですね。すると十時ごろまでかかりますね。警官と私の助手を呼びますから、悪《あ》しからず」
「どうぞご随意《ずいい》に」鴨田は云った。「僕も今夜は帰りません」
帆村はその部屋から警官を呼んだ。副園長の西郷にも了解《りょうかい》を求めたが、彼も今夜はタンクが開くまで、爬虫館に停っていようと云った。
しかし帆村は、彼等と別なコースをとる決心をしていた。丁度そこへ助手の須永がやってきたので、万事について、細々《こまごま》と注意を与え、爬虫館の見張りを命じてから、彼一人、動物園の石門を出ていった。既に秋の陽《ひ》は丘の彼方に落ち、真黒な大杉林の間からは暮れのこった湖面《こめん》が、切れ切れに仄白《ほのじろ》く光ってい
前へ
次へ
全23ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング