、反対に爬虫館から調餌室へと考えられる。そこで帆村は、爬虫館の鴨田研究員が十一時三十五分前後に、調餌室の前へトラックが到着して動物の餌を搬びこんでいるらしい騒ぎを聴いたということを思い出した。すると犯行は、この前か後か。――帆村は調餌室の内部にも多分の疑問|符号《ふごう》が秘められていることも考えないわけにはゆかなかった。
西郷理学士と一緒に調餌室に入ってみると、帆村は思わず「呀《あ》ッ」と叫びたいくらいだった。塀の外で調餌室を想像しているのと、こうやって大きな俎上《そじょう》に、血のタラタラ滲《にじ》みでそうな馬肉《ばにく》の塊《かたまり》を見るのとでは、まるっきり調餌室というものの実感が違った。壁には、象を料理するのじゃないかと思うほどの大鉞《おおまさかり》や大鋸《おおのこぎり》、さては小さい青竜刀《せいりゅうとう》ほどもある肉切庖丁《にくきりほうちょう》などが、燦爛《さんらん》たる光輝《ひかり》を放って掛っていた。倉庫には竪《たて》半分に立ち割った馬の裸身《はだかみ》や、ダラリと長い耳を下げた兎《うさぎ》の籠《かご》などが目についた。
この物凄い光景を見た瞬間、帆村の頭脳《あたま》の中に電光のように閃《ひらめ》いた幻影《げんえい》があった。それは、園長の死体が調餌室に搬ばれたと見る間に、料理人が壁から大きな肉切庖丁を下《おろ》して、サッと死体を截断《せつだん》する。そして駭《おどろ》くべき熟練をもって、胸の肉、臀部《でんぶ》の肉、脚の肉、腕の肉と截り分け、運搬車に載せると、ライオンだの虎だの檻の前へ直行して、園長の肉を投げ込んでやる。……いや、恐《おそろ》しいことである。
「これが、調餌室の主任、北外星吉《きたとせいきち》氏です」西郷副園長が、ゴム毬《まり》のように肥《こ》えた男を紹介した。
「やあ、帆村さんですか」北外畜養員はニコヤカに笑った。
「貴方《あなた》のお名前は兼《か》ねてよく知っていましたよ。今度の事件はまるで、貴方に挑戦しているようなもので、実にうってつけの大事件ですなア」
帆村はこの機嫌のいい、しかし何だかひやかされているような気がしないでもない北外の挨拶に対して、頓《とみ》に言うべき言葉もなかった。しかし此《こ》のまんまるく太った子供の相撲取《すもうとり》のような男の顔を見ていると、彼が悪事を企図《たくら》むような種類の人間だとは思え
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