した。そして勢《いきお》い凄《すざま》じく、井戸の中に落ちていった。夫への最後の贈物だ。――ちょっと間を置いて、何とも名状《めいじょう》できないような叫喚《きょうかん》が、地の底から響いてきた。
 松永は、あたしの傍にガタガタ慄《ふる》えていた。
「さア、もう一度ウインチを使って、蓋をして頂戴よオ」
 ギチギチとウインチの鎖《くさり》が軋《きし》んで、井戸の上には、元のように、重い鉄蓋が載せられた。
「ちょっとその孔《あな》から、下を覗《のぞ》いて見てくれない」
 鉄蓋の上には楕円形《だえんけい》の覗き穴が明いていた。縦が二十センチ横が十五センチほどの穴である。
「飛んでもない……」
 松永は駭《おどろ》いて尻込《しりご》みをした。
 夜の闇が、このまま何時《いつ》までも、続いているとよかった。この柔い褥《しとね》の上に、彼と二人だけの世界が、世間の眼から永遠に置き忘られているとよかった。しかし用捨《ようしゃ》なく、白い暁がカーテンを通して入ってきた。
「じゃ、ちょっと行って来るからネ」
 松永は、実直な銀行員だった。永遠の幸福を思えば、彼を素直に勤め先へ離してやるより外はない。
「じ
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