ん》とした裏庭に下りると、夫は懐中電灯をパッと点じた。その光りが、庭石や生えのびた草叢《くさむら》を白く照して、まるで風景写真の陰画《いんが》を透《す》かしてみたときのようだった。あたしたちは無言のまま、雑草を掻《か》き分けて進んだ。
「何にも居ないじゃないか」と夫は低く呟《つぶや》いた。
「居ないことはございませんわ。あの井戸の辺でございますよ」
「居ないものは居ない。お前の臆病から起った錯覚《さっかく》だ! どこに光っている。どこに呻っている。……」
「呀《あ》ッ! あなた、変でございますよ」
「ナニ?」
「ごらん遊ばせ。井戸の蓋《ふた》が……」
「井戸の蓋? おお、井戸の蓋が開いている。どッどうしたんだろう」
 井戸の蓋というのは、重い鉄蓋だった。直径が一メートル強《きょう》もあって、非常に重かった。そしてその上には、楕円形《だえんけい》の穴が明いていた。十五|糎《センチ》に二十糎だから、円に近い。
 夫は秘密の井戸の方へ、ソロリソロリと歩みよった。判らぬように、ソッと内部を覗《のぞ》いてみるつもりだろう。腰が半分以上も、浮きたった。夫の注意力は、すっかり穴の中に注《そそ》がれて
前へ 次へ
全35ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング