とは云わない。……さあ、案内しろ」
夫は腹立たしげに、メスを解剖台の上へ抛《ほう》りだした。屍体の上には、さも大事そうに、防水布《ぼうすいふ》をスポリと被《かぶ》せて、始めて台の傍を離れた。
夫は棚から太い懐中電灯を取って、スタスタと出ていった。あたしは十歩ほど離れて、後に随《したが》った。夫の手術着の肩のあたりは、醜く角張《かくば》って、なんとも云えないうそ寒い後姿だった。歩むたびに、ヒョコンヒョコンと、なにかに引懸《ひっか》かるような足つきが、まるで人造人間《じんぞうにんげん》の歩いているところと変らない。
あたしは夫の醜躯《しゅうく》を、背後《うしろ》からドンと突き飛ばしたい衝動にさえ駆られた。そのときの異様な感じは、それから後、しばしばあたしの胸に蘇《よみがえ》ってきて、そのたびに気持が悪くなった。だが何故それが気持を悪くさせるのかについて、そのときはまだハッキリ知らなかったのである。後になって、その謎が一瞬間に解けたとき、あたしは言語に絶する驚愕《きょうがく》と悲嘆とに暮れなければならなかった。訳はおいおい判ってくるだろうから、此処《ここ》には云わない。
森閑《しんか
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