てきた。だが、今夜はそんなことで駭《おどろ》くようなあたしじゃない。
「裏庭で、変な呻《うな》り声がしますのよ。そしてなんだかチカチカ光り物が見えますわ。気味が悪くて、寝られませんの。ちょっと見て下さらない」
「う、うーッ」と夫は獣《けもの》のように呻った。「くッ、下らないことを云うな。そんなことア無い」
「いえ本当でございますよ。あれは屹度《きっと》、あの空井戸《からいど》からでございますわ。あなたがお悪いんですわ。由緒《ゆいしょ》ある井戸をあんな風にお使いになったりして……」
 空井戸というのは、奥庭にある。古い由緒も、非常識な夫の手にかかっては、解剖のあとの屑骨《くずぼね》などを抛《な》げこんで置く地中の屑箱にしか過ぎなかった。底はウンと深かったので、ちょっとやそっと屑を抛げこんでも、一向に底が浮き上ってこなかった。
「だッ黙れ。……明日になったら、見てやる」
「明日では困ります。只今、ちょっとお探りなすって下さいませんか。さもないと、あたくしはこれから警察に参り、あの井戸まで出張して頂《いただ》くようにお願いいたしますわ」
「待ちなさい」と夫の声が慄《ふる》えた。「見てやらない
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