ている。その角を直角に右に曲る。――プーンと、きつい薬剤《やくざい》の匂いが流れて来た。夫の実験室は、もうすぐ其所《そこ》だ。
夫の部屋の前に立って、あたしは、コツコツと扉《ドア》を叩いた。――返事はない。
無くても構《かま》わない。ハンドルをぎゅっと廻すと、扉は苦もなく開いた。夫は、あたしの訪問することなどを、全然予期していないのだ。だから扉々《とびらとびら》には、鍵もなにも掛っていない。あたしは、アルコール漬《づけ》の標本壜《ひょうほんびん》の並ぶ棚《たな》の間をすりぬけて、ズンズン奥へ入っていった。
一番奥の解剖室《かいぼうしつ》の中で、ガチャリと金属の器具が触れ合う物音がした。ああ、解剖室! それは、あたしの一番|苦手《にがて》の部屋であったけれど……。
扉《ドア》を開けてみると、一段と低くなった解剖室の土間に、果して夫の姿を見出した。
解剖台の上に、半身を前屈《まえかが》みにして、屍体をいじりまわしていた夫は、ハッと面《おもて》をあげた。白い手術帽と、大きいマスクの間から、ギョロとした眼だけが見える。困惑《こんわく》の目の色がだんだんと憤怒《ふんぬ》の光を帯《お》び
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