ああ、それこそ大変だ。そうなっては、あたしは生きてゆく力を失ってしまうだろう。松永無くして、私の生活がなんの一日だってあるものか。――こうなっては、最後の切り札を投げるより外《ほか》に途《みち》がない。おお、その最後の切り札!
「ねえ。――」とあたしは彼の身体をひっぱった。「ちょいと耳をお貸しよ」
「?」
「あたしがこれから云うことを聴いて、大きな声を出しちゃいやアよ」
彼は怪訝《けげん》な顔をして、あたしの方に耳をさしだした。
「いいこと!――」グッと声を落として、彼の耳の穴に吹きこんだ。「あんたのために、あたし、今夜うちの人を殺してしまうわよ!」
「えッ?」
これを聴いた松永は、あたしの腕の中に、ピーンと四肢を強直させた。なんて意気地《いくじ》なしなんだろう、二十七にもなっている癖に……。
邸内《ていない》は、底知れぬ闇の中に沈んでいた。
(お誂《あつら》え向きだわ!)今宵《こんや》は夜もすがら月が無い。
トントンと、長い廊下の上に、あたしの跫音《あしおと》がイヤに高く響く。薄ぐらい廊下灯《ろうかあかり》が、蜘蛛《くも》の巣《す》だらけの天井《てんじょう》に、ポッツリ点い
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