本物だろうか。
あたしの喉から、自然に叫び声が飛び出した。――夫の姿は、無言の儘《まま》、静かにこっちへ進んでくる。よく見ると、右手には愛蔵の古ぼけたパイプを持ち、左手には手術器械の入った大きな鞄《かばん》をぶら下げて……。あたしは、極度の恐怖に襲われた。ああ彼は、一体何をしようというのだろう?
夫は卓子《テーブル》の上へドサリと鞄を置いた。ピーンと錠《じょう》をあけると、鞄が崩れて、ピカピカする手術器械が現れた。
「なッなにをするのです?」
「……」
夫はよく光る大きなメスを取り上げた。そしてジリジリと、あたしの身体に迫ってくるのだった。メスの尖端《せんたん》が、鼻の先に伸びてきた。
「アレーッ。誰か来て下さアい!」
「イッヒッヒッヒッ」
と、夫は始めて声を出した。気持がよくてたまらないという笑いだった。
「呀《あ》ッ。――」
白いものが、夫の手から飛んで来て、あたしの鼻孔《びこう》を塞《ふさ》いだ。――きつい香《かお》りだ。と、その儘《まま》、あたしは気が遠くなった。
その次、気がついてみると、あたしはベッドのある居間とは違って、真暗《まっくら》な場所に、なんだか蓆《
前へ
次へ
全35ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング