し手をのばして、その置き手紙を開くまでは、それほどまで大きい驚愕が隠されているとは気がつかなかった。ああ、あの置き手紙! それは松永の筆蹟に違いなかったけれど、その走り書きのペンの跡は地震計の針のように震《ふる》え、やっと次のような文面を判読することが出来たほどだった。
「愛する魚子よ、――
 僕は神に見捨てられてしまった。かけがえのない大きな幸福を、棒に振ってしまわなければならなくなった。魚子よ、僕はもう再び君の前に、姿を現わすことが出来なくなった。ああ、その訳は……?
 魚子よ、君は用心しなければいけない。あの銀行の金庫を襲った不思議の犯人は、世にも恐ろしい奴だ。彼奴《あいつ》の真《まこと》の目標は、ひょっとすると、此の僕にあったのではないかと考える。僕は……僕は今や真実を書き残して、愛する君に伝える。――僕は夜のうちに、あの隆々《りゅうりゅう》たる鼻と、キリリと引締っていた唇と(自分のものを褒《ほ》めることを嗤《わら》わないで呉れ、これが本当に褒め納《おさ》めなのだから)――僕はその鼻と唇とを失ってしまった。夜中に不図《ふと》眼が醒《さ》めて、なんとなく変な気持なので、起き出した
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