も切ってしまったのネ。ひどいひと![#「ひと」に傍点] 悪魔! 畜生!」
「切ったところもあるが、殖《ふ》えているところもあるぜ。ひッひッひッ」
 殖えたところ? 夫の不思議な言葉に、あたしはまた身慄《みぶる》いをした。あたしをどうするつもりだろう。
「いま見せてやる。ホラ、この鏡で、お前の顔をよく見ろ!」
 パッと懐中電灯が、顔の正面から、照りつけた。そしてその前に差し出された鏡の中。――あたしは、その中に、見るべからざるものを見てしまった。
「イヤ、イヤ、イヤ、よして下さい。鏡を向うへやって……」
「ふッふッふッ。気に入ったと見えるネ。顔の真中に殖えたもう一つの鼻は、そりゃあの男のだよ。それから、鎧戸《よろいど》のようになった二重の唇は、それもあの男のだよ。みんなお前の好きなものばかりだ。お礼を云ってもらいたいものだナ、ひッひッひッ」
「どうして殺さないんです。殺された方がましだ。……サア殺して!」
「待て待て。そうムザムザ殺すわけにはゆかないよ。さア、もっと横に寝ているのだ。いま流動食を飲ませてやるぞ。これからは、三度三度、おれが手をとって食事をさせてやる」
「誰が飲むもんですか」
「飲まなきゃ、滋養浣腸《じようかんちょう》をしよう。注射でもいいが」
「ひと思いに殺して下さい」
「どうして、どうして。おれはこれから、お前を教育しなければならないのだ。さア、横になったところで、一つの楽しみを教えてやろう。そこに一つの穴が明いている。それから下を覗《のぞ》いてみるがいい」
 覗き穴――と聞いて、あたしは頭で、それを急いで探した。ああ、有った、有った。腕時計ほどの穴だ。身体を芋虫のようにくねらせて、その穴に眼をつけた。下には卓子《テーブル》などが見える。夫の研究室なのだ。
「なにか見えるかい」
 云われてあたしは小さい穴を、いろいろな角度から覗いてみた。
 あった、あった。夫の見ろというものが。椅子の一つに縛りつけられている化物のような顔を持った男の姿! 着ているものを一見して、それと判る人の姿――ああ、なんと変わり果てた松永青年! あたしの胸にはムラムラと反抗心が湧きあがった。
「あたしは、あなたの計画を遂げさせません。もうこの穴から、下を覗きませんよ。下を見ないでいれば、あなたの計画は半分以上、効果を失ってしまいます」
「はッはッはッ、莫迦《ばか》な女よ」と、夫
前へ 次へ
全18ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング