は、暗がりの中で笑った。「おれの計画しているものはそんなことじゃない。見ようと見まいと、そのうちにハッキリ、お前はそれを感じることだろう!」
「では、あたしに何を感じさせようというのです」
「それは、妻というものの道だ、妻というものの運命だ! よく考えて置けッ」
 夫はそういうと、コトンコトンと跫音をさせながら、この天井裏を出ていった。

 それから天井裏の、奇妙な生活が始まった。あたしは、メリケン粉袋《こぶくろ》のような身体を同じところに横《よこた》えたまま、ただ夫がするのを待つより外なかった。三度三度の食事は、約束どおり夫が持って来て、口の中に入れてくれた。あたしは、両手のないのを幸福と思うようになった。手がないばかりに、鼻が二つあり、おまけに唇が四枚もある醜怪な自分の顔を触らずに済んだ。
 用を達すのにも困ると思ったが、それは医学にたけた夫が極めて始末のよいものを考えて呉れたようだった。その代り、或る日、注射針を咽喉のあたりに刺《さ》し透《とお》されたと思ったら、それっきり大きな声が出なくなった。前とは似ても似つかぬ皺《しわ》がれた声が、ほんの申し訳に、喉の奥から出るというに過ぎなかった。なにをされても、俘囚《ふしゅう》の身には反抗すべき手段がなかった。
 鼻と唇とを殺《そ》がれた松永は、それから後どうなったか、気のついたときには、例の天井の穴からは見えなくなった。見えるのは、相変らず気味の悪い屍体や、バラバラの手足や、壜漬《びんづ》けになった臓器の中に埋《うず》もれて、なにかしらせっせ[#「せっせ」に傍点]とメスを動かしている夫の仕事振りだった。その仕事振りを、毎日朝から夜まで、あたしは天井裏から、眺めて暮した。
「なんて、熱心な研究家だろう!」
 不図《ふと》、そんなことを思ってみて、後で慌てて取り消した。そろそろ夫の術中に入りかけたと気が付いたからである。「妻の道、妻の運命」――と夫は云ったが、なにをあたしに知らしめようというのだろう。
 しかし遂《つい》に、そのことがハッキリあたしに判る日がやって来た。
 それから十日も経った或る日、もう暁の微光《びこう》が、窓からさしこんで来ようという夜明け頃だった。警官を交《まじ》えた一隊の検察係員が、風の如く、真下《ました》の部屋に忍びこんで来た。あたしは、刑事たちが、盛んに家探《やさが》しをしているのを認めた。
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