本物だろうか。
 あたしの喉から、自然に叫び声が飛び出した。――夫の姿は、無言の儘《まま》、静かにこっちへ進んでくる。よく見ると、右手には愛蔵の古ぼけたパイプを持ち、左手には手術器械の入った大きな鞄《かばん》をぶら下げて……。あたしは、極度の恐怖に襲われた。ああ彼は、一体何をしようというのだろう?
 夫は卓子《テーブル》の上へドサリと鞄を置いた。ピーンと錠《じょう》をあけると、鞄が崩れて、ピカピカする手術器械が現れた。
「なッなにをするのです?」
「……」
 夫はよく光る大きなメスを取り上げた。そしてジリジリと、あたしの身体に迫ってくるのだった。メスの尖端《せんたん》が、鼻の先に伸びてきた。
「アレーッ。誰か来て下さアい!」
「イッヒッヒッヒッ」
 と、夫は始めて声を出した。気持がよくてたまらないという笑いだった。
「呀《あ》ッ。――」
 白いものが、夫の手から飛んで来て、あたしの鼻孔《びこう》を塞《ふさ》いだ。――きつい香《かお》りだ。と、その儘《まま》、あたしは気が遠くなった。

 その次、気がついてみると、あたしはベッドのある居間とは違って、真暗《まっくら》な場所に、なんだか蓆《むしろ》のような上に寝かされていた。背中が痛い。裸に引き剥かれているらしい。起きあがろうと思って、身体を動かしかけて、身体の変な調子にハッとした。
「あッ、腕が利かない!」
 どうしたのかと思ってよく見ると、これは利かないのも道理、あたしの左右の腕は、肩の下からブッツリ切断されていた。腕なし女!
「ふッふッふッふッ」片隅から、厭《いや》な忍《しの》び笑いが聞えてきた。
「どうだ、身体の具合は?」
 あッ、夫の声だ。ああ、それで解った。さっき気が遠くなってから、この両腕が夫の手で切断されてしまったのだ。憎んでも憎み足りない其の復讐心《ふくしゅうしん》!
「起きたらしいが、一つ立たせてやろうか」夫はそういうなり、あたしの腋《わき》の下に、冷い両手を入れた。持ち上げられたが、腰から下がイヤに軽い。フワリと立つことが出来たが、それは胴だけの高さだった。大腿部《だいたいぶ》[#底本では「太腿部」]から下が切断されている!
「な、なんという惨《むごた》らしいことをする悪魔! どこもかも、切っちまって……」
「切っちまっても、痛味《いたみ》は感じないようにしてあげてあるよ」
「痛みが無くても、腕も脚
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