あらしていたのにちがいない」
「ああ、なるほど。猛獣だから、人間の肉をすっかり綺麗に喰べつくし、骨だけ残していたというわけですか。そうかもしれませんねえ」
 といったが、雨の甲板や船橋のうえについていた大きな丸味のある血痕《けっこん》は、この黒豹の足跡だったと、今にして二人は思いあたったことである。全く恐ろしいことだ。航海中の汽船の中に、猛獣が暴れだして、船員を喰べた。大海に漂う船の中だから、逃げだすこともどうすることもできなかったのであろう。
「ねえ局長。船内をあらしまわって人間を喰った黒豹というのは、いま撃ちとめたこの一頭だけでしょうか」
「さあ、どうだか」と局長はいったが、「どうも一頭だけとは考えられないね。なにしろ、あのとおり人骨が散らばっているところをみても、この一頭だけの仕業だとは考えられないよ」
「じゃあ、外の奴を警戒しなければなりませんね」
「そうだ、どっかその辺に潜んでいる奴があるかもしれない」
 そういっているとき、甲板の方とおもわれる見当で、とつぜん、うわーっと誰かの悲鳴!
「あっ、誰かが……」
「うむ、猛獣が出たのかもしれない。すぐいってやろう。貝谷、続け!」

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