「おう、しっかり漕げ、日本の船乗が、こんなことぐらいで腰をぬかしてどうするのか。さあ、はやく二号艇へ漕ぎよせろ」
船長は、舷《ふなべり》をぴしゃぴしゃ叩いて、船員たちを叱りつけた。
一号艇は、また矢のように海面を走りだした。漕ぎ手たちは、おどろきをおさえて、ひたむきに漕いだ。
「櫂やすめ」――船長の号令がかかった。
漕ぎ手たちは、はじめて左右をふりかえった。二号艇は、もう手をのばせば触《ふ》れんばかりの近くにあった。彼等の眼は、電光のように早く、二号艇のうえにおちた。
「あっ。ひでえことになっていらあ」
「おお、これは一体どうしたというわけだろう?」
「あ、あんなところに千切《ちぎ》れた腕が」
二号艇のなかのことを、どのように書きつづればいいであろうか。あまりの惨状《さんじょう》に、書きあらわす文字を知らない。
とにかく艇内は、血しぶきで顔をそむけたいほどの惨状を呈《てい》していた。満足な身体をもった人間は、ただの一人も艇内に発見されなかったけれど、千切れた腕や脚や、そのほかたしかに人骨《じんこつ》と思われるものが血にまみれて、艇内におびただしくちらばっていた。
「なんとい
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