が気がついたときは、望遠鏡を握る佐伯船長の腕が、なぜかぶるぶると慄《ふる》えていたのであった。
「船長、ボートの中になにが見えます?」
「うむ」
 佐伯船長は、望遠鏡を眼からひき離すように下ろして、ほっと溜息《ためいき》をついた。それはまるで悪夢からさめた人のようであった。船長は、なにかしらないが、ボートの中に思《おも》いがけないものを発見したらしいのである。
「船長、なにが見えましたか」
 局長にさいそくされて、船長は、いまはもう仕方がないとあきらめたように、
「おう、皆よく聞け。わしは望遠鏡をとって、あそこに漂流する二号艇ボートを仔細《しさい》に見たのだ。ところが、前にわしはボートのうえに櫂もなければ、人影もないといったが、いまよく見てみると、ボートの中は、全然空っぽではなかった」
 船長は、わざとまわりくどいいい方をしているようであった。
「で、なにが二号艇内に見えるのですか。船長、はやくいってください」
「血だ、血だ! 二号艇のなかは、血だらけなんだ」
「えっ!」
 船員たちはおどろきのあまり、思わず櫂の手をゆるめた。ボートは、ぐぐっと傾き、いまにもひっくりかえりそうになった。
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