あった。いや、飢より渇の方がはるかに恐ろしい。雲はだんだん薄くなって、熱い陽ざしがじりじりとボートのうえへさしてきた。この分では、飲料水の樽《たる》は、すぐからになるだろう。
「船長、漕《こ》がなくてもいいのですか」
「うむ、二三日はこのまま漂流をつづける覚悟でいこう。そのうちに、なにかいいことが向こうからやってくるだろう」
 船長は、たいへん呑気《のんき》そうな口をきいた。だが彼は、本当はひとり、心のうちでこまかいところまで考えていたのだ。こうなれば、部下の体力を無駄につかわないことが大切だった。できるだけ永く、部下を元気に保《たも》っておかなければならない。
「おーい、水を呑ませてくれ。咽喉《のど》が焼けつきそうだ」
 船員の一人が、くるしそうなこえをあげた。
「船長、水を呑ませていいですか」
「うん、水は一番大切なものだ。とにかく今朝は、小さいニュームのコップに一杯ずつ呑むことにしよう。あとは夕方まではいけない」
「えっ、あとは夕方までいけないのですか」


   漂流《ひょうりゅう》するボート


 たった一杯の水が、どのくらい遭難の船員たちを元気づけたかしれなかった。
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