られた。
和島丸は位置を知らせるためどの窓も明るく点灯せられ、檣《ほばしら》には小型ではあるが、探照灯《たんしょうとう》が点じられ、船前方の海面を明るく照《て》らしつけた。
遭難船の姿は、なかなか入らなかった。もうかれこれ一時間になるが、どこまで進んでも暗い海ばかりだ。
船長|佐伯公平《さえきこうへい》は、それでもなお、全速力で船を走らせるように命じた。
それから暫《しばら》くたって、無電室から船長に電話がかかってきた。
「どうした。なにか入ったかね」
「はい、今また、きれぎれの信号がはいりました。しかし今度は遭難地点をついに聞きとることができました。“本船ノ位置ハ、略《ほぼ》北緯《ほくい》百六十五度、東経《とうけい》三十二度ノ附近卜思ワレル”とありました」
「なに、北緯百六十五度、東経三十二度の附近だというのか? それじゃこの辺じゃないか」
と船長は、おもわず愕《おどろ》きのこえをあげた。
和島丸は、その電文が真実なら、もう既に遭難地点に達しているのである。すると遭難船の姿を発見しなければならぬことになるが、さて探照灯を動かしてから見渡したところ、ボート一隻《いっせき》浮んでいないではないか。
(どうも変だ!)佐伯船長は、小首をかしげた。
「おい局長、こんどは、信号の方向を測ってみなかったかね」
「はあ、測りました。方向は大体同じに出ましたが、前に測ったときほど明瞭《めいりょう》ではありません。その点からいっても、たしかに本船は遭難地点に近づいているにちがいないのですが――」
「そうか。じゃきっとそのへんに何かあるにちがいない。もっと念入りに探してみよう」
そういって船長は、甲板で働いている船員たちに、命令を出した。
「おい、見張員をあと五名ふやして、海面をよくしらべてみろ」
和島丸は、速力をおとした。そのかわり舳《へさき》をぐるぐるまわしながら、その辺一帶の海面を念入りに探照灯で掃射《そうしゃ》した。
だが、肝腎の遭難船の姿は、どこにも見えない。
遭難船の破片か、あるいは油とか、積んでいた荷物などが漂流《ひょうりゅう》していないかと気をつけたが、ふしぎにも、それすら眼に入らないのであった。
佐伯船長をはじめ、船員たちが、すっかりいらだちの絶頂《ぜっちょう》に達したときのことであった。舳から、暗い海面をじっと睨《にら》んでいた船員の一人が、とつぜん大ごえをあげた。
「おーい、あれを見ろ。へんなものが浮いているぞ」
探照灯は、さっそくその方へむけられた。
なるほどへんなものが、波にゆられながら、ぷかぷか浮いている。
木片《もくへん》を井桁《いげた》にくみあわせた筏《いかだ》のよなものであった。そのうえになにが入っているのか函《はこ》がのっている。
そのとき船員は、舳にかけつけていた。
「おい、ボートをおろして、あれを拾ってこい」
待ちかまえていた連中は、早速《さっそく》ボートを、どんと海上に下ろした。
ボートは矢のように、怪しい漂流物の方へ近づいた。そして苦もなくその浮かぶ筏を、ロップの先に結びつけた。
そしてボートは、再び本船へかえってきた。
船員は、また力をあわせ、ボートをひきあげるやら、その怪しい筏をひっぱりあげるやら、ひとしきり勇《いさま》しい懸《か》けごえにつれ、船上は戦争のような有様だった。函を背負った筏は、船長の前に置かれた。
「これは一体なんだろう。いいからこの函を開けてみろ!」
船長は、決然と命令をだした。函は蜜柑函《みかんばこ》ぐらいの大きさで、その上に小さい柱が出ていた。蓋《ふた》をとってみると、意外にも中から小型の無電器械がでてきた。
「おや、無電器械じゃないか」
と船員は呟《つぶや》いたが、函の中には、さらにおどろくべきものが入っていた。船長はじめ船員たちが呀《あ》っと叫んで真蒼《まっさお》になるようなものが入っていたのだ。一体それはなんであろうか!
黒リボンの花輪
そのおどろくべき品物は、油紙《あぶらがみ》につつまれて函の隅《すみ》にあったので、はじめは気がつかなかったのだ。
佐伯船長が、つと手をのばして、油紙につつまれたものをもちあげたとき、待っていたように油紙はばらりととけ、その中からぽとんと下におちたものは一個の小さな花輪であった。
その花輪は、ちかごろ流行の、乾燥した花をあつめてつくってあるもので、色は多少あせていたが、それでも結構うつくしいので眼を楽しませたし、そのうえいつまでおいても、けっして萎《しぼ》まないから、便利なこともあった。
「ああ、花輪だ!」
と、船員たちは、その方に一せいに眼をむけたが、とたんに誰の顔も、さっと青くなった。
「なんだ、その花輪には、黒いリボンがむすんであるじゃないか。縁起《えんぎ》でもない!」
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