黒いリボンは、お葬式のときにだけつかう不吉《ふきつ》なものだった。その不吉な黒リボンが花輪にむすびつけてあるのだから、佐伯船長以下一同がいやな顔をしたのも無理ではない。
「ほう、まだなにか書いたものがつけてある」
佐伯船長は、函の底に、一枚のカードがおちているのをつまみあげた。
見ると、そとには妙な字体の英語でもって、
「コノ花輪ヲ、ヤガテ海底《かいてい》ニ永遠《えいえん》ノ眠リニツカントスル貴船乗組《きせんのりくみ》ノ一同ニ呈ス」
と書いてある。なんというひどい文句だろう。これを読むと、お前の船にのっている者は、みんな海底に沈んでしまうぞという意味にとれる。
「け、けしからん」
見ていた船員たちは、拳《こぶし》をかためて、怒りだした。
だが、さすがに佐伯船長は、怒るよりも前に、和島丸の危険を感づいた。
「おい、みんな。これは遭難の前触《まえぶ》れに決った。お前たちは、すぐ部署《ぶしょ》につけ。おい事務長|銅羅《どら》をならして、総員配置につけと伝達しろ」
船長のこえは、疳《かん》ばしっていた。
さあたいへんである。船長の言葉が本当だとすると、もうすぐなにごとか災難がこの和島丸のうえにくるらしい。折《おり》も折、このまっくらな夜中《よなか》だというのに、なんということだろう。
「さあ、甲板《かんぱん》へかけあがれ」
「おい、こっちは機関室へいそぐんだ」
船員たちは、樹《き》と樹の間をとびまわる猿の群のように、すばしこく船内をかけまわる。
「探照灯や室の外にもれる明かりを消せ。目標となるといけない」
船長は、つづいて第二の号令をかけた。
探照灯は消された。窓は、黒い布《きれ》でふさがれた。たちどころに灯火管制ができあがった。やれやれと思った折しも、船の底にあたって、ごとんと、ぶきみな物音がして、船体ははげしく揺れた。
「あっ、今のは何だ」
船員が顔を見合わせたその瞬間、船底から轟然《ごうぜん》たる音響がきこえた。そして和島丸は、大地震にあったようにぐらぐらと揺れた。
「ああっ、やられた。爆薬らしい」
船長はその震動でよろよろとよろめいたが、机にとびついて、やっと立ちなおった。そこへ一人の船員が、胸のあたりをまっ赤にそめて、とびこんできた。
「あっ船長。たいへんです。船底に魚雷らしいものが命中しました。大穴があきました。防水中ですが、うまくゆくかどうか。あと二三分で、本船は沈没いたします」
たいへんな報告であった。
灯火管制が、もう五分も早かったら、こんなことにならなかったかもしれないのだ。
佐伯船長は、首をあげて、ぐっとうなずいた。
「ボート、おろせ!」
悲壮な命令が下った。
青白い怪船
そういううちにも、和島丸の破られた船底からは、おびただしい海水が滝のようにながれこんで、船体は見る見る海面下にひきこまれてゆく。
「やあ、ひどく傾《かたむ》いたぞ。そっちのボートを早くおろせ」
暗《やみ》の中から、どなるこえがきこえる。
船上には、ふたたび探照灯がついた。誰か分らないが、もう船が沈もうというのに、その探照灯をくるくるまわして、海面をさがしている者があった。
このような騒《さわ》ぎを経《へ》て、あわれ和島丸は、わずか四分のちには波にのまれて沈んでしまった。
海上は、まっ暗で、なにがなんだかわからない。救命ボートが四隻《よんせき》、しずかにうかんでいる。
ごぼごぼどーんと、うしろではげしい音がしたが、これが和島丸の最後のこえのようなものだった。機関の中に海水がながれこんでその爆発となったものであろう。水柱が夜目にも、ぼーっとうすあかるく立って、ボート上の船員たちの胸をかきみだした。
なにゆえの無警告の撃沈であろう。
暗さは暗し、なに者の仕業だか、一向《いっこう》にわからない。佐伯船長は、第一号のボートにのってじっと唇をかんでいた。
「船長、ボートは全部無事です。第一、第二、第三、第四の順序にずっとならびました」
事務長が、暗がりのなかから報告した。さっきから、ボートのうえで手提信号灯《てさげしんごうとう》がうちふられていたが、全部のボートが無事勢ぞろいをしたことを伝えたものであろう。
「そうか。では前進。針路は真東《まひがし》だ」
えいえいのかけごえもいさましく、四艘《よんそう》のボートは、暗い海上をこぎだした。
「おい古谷局長」
船長が、無線局長をよんだ。
「はあ、ここに居ります」
古谷局長も、いまは一本のオールを握って、一生けんめいに漕《こ》いでいる。
「本船の救難信号は、無電で出したろうね」
「はあ、最後まで正味《しょうみ》三分間はありましたろう。その間、頑張って打電しました」
「どこからか応答はなかったかね」
「それが残念にも、一つもないので――」
「こ
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