たつもりであった。さらに念を入れるため、古谷局長の検閲《けんえつ》を乞《こ》おうとして、局長の方をふりかえった。そのとき局長は、本の頁《ページ》をひらいたまま籐椅子のうえで気持よさそうに早や睡《ねむ》っていた。睡っているのを起すまでもないと思い、丸尾はそのままスイッチの切りかえを完了したものだった。
ところが丸尾が机のうえを片づけにかかっていると、急にけたたましく電鈴が鳴りだした。
スイッチを切りかえてから、ものの五分とたたない。
遭難船からのSOSだ!
局長は、電気にかかったように籐椅子からはね起きた。
救難信号《きゅうなんしんごう》
「あっ、SOS《エスオーエス》だ」
局長は、そう叫んだかとおもうと、すぐにもう器械のところへ来ていた。
「おい、丸尾。録音はうまく出ているか、ちょっと調べてみたまえ」
局長の命令は、きびきびと急所をおさえる。丸尾は、はっと気がついて、さっそく録音盤の廻っているところをのぞいた。
「局長、だめです。盤はまわっていますが、録音の溝《みぞ》は、ほんの微《かす》かについているだけで、これじゃ音が出そうもありません」
「そうか」局長は眼をちらりとうごかすと、すぐ手をのばして受話機をとった。そしてそれを耳にあてた。
「うむ、聞えることは聞えているが、これはまたばかに弱いね」
そういって局長は、受話機をとると、慣《な》れた手つきで、そのうえに鉛筆を走らせた。これが居睡《いねむり》から覚めたばかりの人であろうかと疑問がおこるほど、局長は、極めて敏捷《びんしょう》に、事をはこんだ。
「おい、丸尾、すぐ方向を測りたまえ」
「はあ、方向を測ります」
ぼんやり立っていた丸尾は、ここでやっと正気《しょうき》にかえって、命ぜられた方向探知器にとりついた。
甲板《かんぱん》のうえに出ている枠型空中線《わくがたくうちゅうせん》の支柱を、把手《ハンドル》によってすこしずつ廻していると、電波がどっちの方向から来ているか分る仕掛《しかけ》になっていた。これは学校時代から丸尾の得意な測定だったので、自信をもってやった。生憎《あいにく》入っている信号は、息もたえだえといいたいほど微弱であったが、彼は懸命にそれを捉《とら》えた。その微弱な信号に、死に直面した夥《おびただ》しい生命が托《たく》されているのだ。
「どうだい、方向はとれたか」
「はい、とれました。ほぼ南南東微東《なんなんとうびとう》です」
「なに、南南東微東か」
局長は受話機を下において、急な口調《くちょう》でいった。
「さあ、すぐ船長に報告だ。電話をしたまえ」
丸尾は、交換台の接続を終ると、呼出信号を鳴らしつづけた。しかし船長室の受話機が取りあげられるまでには、かなりの時間がかかった。
「船長が出ました」
「おうそうか」
局長は紙片を手にとって、マイクに近づき、
「船長、ただ今SOSを受信いたしました。遺憾《いかん》ながら電文の前の方は聞きもらしましたので途中からでありますが、こんなことを打ってきました。“――船底《ふなぞこ》ガ大破シ、浸水《しんすい》ハナハダシ。沈没マデ後数十分ノ余裕シカナシ。至急救助ヲ乞ウ”というのです」
「どこの汽船かね。そして船名はなんというのかね」
船長が、聞きかえした。
「それがどうもよくわかりません。“船名ハ――”とまでは、打ってきましたが、そのあとは空文《くうぶん》なんです。符号がないのです。どうも変ですね。なぜ船名をいわないのでしょうか」
「ふーむ」と船長は呻《うな》っていたが、
「ひょっとすると、どこかの軍艦かもしれない。さもなければ海賊船か。――で、その遭難の位置は、一体どこなのか」
「その位置は不明です。もっともSOSの電文のはじめに打ったのかもしれませんが、聞きのがしました。なにしろ電源がよわっているらしく、電信はたいへん微弱で、とうとう途中で聞えなくなってしまったのです」
「位置が分らんでは、救いにいけないじゃないか」
「はあ、そうです。そこでさっき、丸尾にSOSを発信している船の方向を測《はか》らせました」
「ほう、それはいい。で方向は出たかね」
「南南東微東と出ました」と答えると、
船長は、ちょっと言葉をとめて考えこんでいたが、
「よろしい。では、これから針路をその南南東微東に向け、全速力で走ってみることにしよう。なお今後の信号に注意したまえ」
そこで船長の電話は切れた。
間もなく船が、ぐっと舳《へさき》をまげたのが感じられた。エンジンは、急に呻りをまして、今や全速力で、謎の遭難地点さして進んでゆくのであった。
現場《げんじょう》附近
いい気持で、睡っていた船員や火夫《かふ》達は、一人のこらず叩《たた》き起され、救助隊が編成せられ、衛生材料があるだけ全部船長室に並べ
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