幽霊船の秘密
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)妖《あや》しい

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)船長|佐伯公平《さえきこうへい》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ちかっ[#「ちかっ」に傍点]と
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   南方航路


 そのころ太平洋には、眼に見えない妖《あや》しい力がうごいているのが感じられた。
 妖しい力?
 それは一体なんであろうか。
 ひろびろとしたまっ青な海が、大きなうねりを見せてなんとなく怒ったような表情をしているのだ。
 ときどき、水平線には、一条の煙がかすかにあらわれ、やがてその煙が大きく空にひろがっていくと、その煙の下から一つの船体があらわれる。
 それは見る見るどんどんと形が大きくなり、やがてりっぱな一艘《いっそう》の汽船となつて眼の前をとおりすぎる。
 黄色の煙突、白い船室、まっ黒な船腹《せんぷく》、波の間からちらりとみえる赤い吃水線《きっすいせん》、すんなりと天にのびた檣《ほばしら》――どれもこれも絵のようにうつくしい。見たところ、平和そのものである。
 だが、波浪《はろう》は、なんとなしに、怒った表情に見える。船の舳《へさき》を噛《か》む白いしぶきが、いまにも檣のうえまでとびあがりそうに見える。どんと船腹にぶつかった大きなうねりが、その勢いで汽船をどしんと空中へ放《ほう》りあげそうに見える。なにか、海は感情を害しているらしいのだ。
 こんな噂もある。
 太平洋に、やがて空前の大海戦がはじまるだろう。それは遅くとも、あと半年を待たないだろう。太平洋をはさんだたくさんの国々が、二つに分れ、そしてこの猛烈な戦闘が始まるのだ。そのとき悪くすると、遠く大西洋方面からも大艦隊が馳《は》せさんじて、太平洋上で全世界の艦隊が砲門をひらき、相手を沈めるかこっちが沈められるかの決戦をやることになるかもしれない。そうなると、太平洋というそのおだやかな名は、およそ縁どおいものとなり、硝煙《しょうえん》と、破壊した艦隊の漂流物《ひょうりゅうぶつ》と、そしておびただしい血と油とが、太平洋一杯を埋めつくすだろう。そういう噂が、かなりひろく伝わっているのだ。
 太平洋が、ついにそのおだやかな名を失う日が来るのを嫌って、それで怒っているのかもしれない。
 実をいえば、世界各国の汽船
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