は、いまやいつ戦争が勃発《ぼっぱつ》するかわからないので、びくびくもので太平洋を渡っている有様だった。
 ここに和島丸《わじままる》という千五百トンばかりの貨物船が、いま太平洋を涼しい顔をして、航海してゆく。目的地は南米であり、たくさんの雑貨類をいっぱいに積みこんでいる。そのかえりには鉱物と綿花《めんか》とをもってかえることになっているのだった。この物語は、その和島丸の無電室からはじまる。――
 ちょうど時刻は、午前零時三十分。
 無電機械が、ところもせまくぎっちりと並んだこの部屋には、明るい電灯の光のもとに、二人の技士が起きていた。
 一人は四十を越した赤銅色《しゃくどういろ》に顔のやけたりっぱな老練《ろうれん》な船のりだった。もう一人は、色の白い青年で、学校を出てからまだ幾月にもならないといった感じの若い技士だった。
「おい丸尾《まるお》、なにか入るか」
 年をとった方は、籐椅子《とういす》に腰をおろして、小説を読んでいたが、ふと眼をあげて、若い技士によびかけた。和島丸の無電局長の古谷《ふるや》だ。
「空電ばかりになりました。ほかにもうなにも入りません」
 と、丸尾とよばれた若い技士は、頭にかけた受話器をちょっと手でおさえて返事をした。
 古谷局長は大きく肯《うなず》くと、チョッキのポケットから時計をひっぱりだして見て、
「ふむ、もう零時半だ。新聞電報も報時信号もうけとったし、今夜はもう電信をうつ用も起らないだろうから、器械の方にスイッチを切りかえて、君も寝ることにしたまえ」
 器械というのは、警急自動受信機《けいきゅうじどうじゅしんき》のことである。これをかけておくと、無電技士が受話器を耳に番をしていなくても、遭難の船から救いをもとめるとすぐ器械がはたらいて、電鈴《でんりん》が鳴りだす仕掛《しかけ》になっているものだ。この器械の発明されない昔は、必ず無電技士が一人は夜ぴて起きていて、救難信号がきこえはしないかと番をしていなければならなかったのである。今は器械ができたおかげで、ずいぶん楽になったわけである。
「じゃあ局長、警急受信機の方へ切りかえることにいたします」
「ああ、そうしたまえ。僕も、すこし睡《ねむ》くなったよ」
 丸尾は、配電盤にむかって、一つ一つスイッチを切ったり入れたりしていった。間違《まちが》えてはたいへんなことになる。
 彼は、念には念を入れ
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