「丸尾、よく生きていた。わしは、漂流していると無人のボートの中でお前の片手を拾ったんだ。その手は、お前の書いた手紙を握っていた。だから、お前は、てっきり死んでしまったものと思って、あきらめていた。本当に、よく生きていたね。一体、これはどうしたのか」
「いや、これには、たいへんな話があるのです。しかし、猛獣は、どうしました。ライオンだの豹だのが、この船には、たくさんいるのです」
「それはもう皆、やっつけてしまった」
「えっ、やっつけてしまった。本当ですか。じゃ安心していいですね。ああ、よかった」
 と丸尾は胸をとんとんと叩いた。
「猛獣狩は、もうすんだから、心配なしだ。それよりも、お前の方の話というのは……」
「ああ、そのことです。和島丸の同僚が、三名、いるのです。それから、この汽船ボルク号の生き残り船員が七八名いますが、こいつらは、かなり重態です」
「ほう、ボルク号。この汽船は、ボルク号というのか。どこの船か」
「ノールウェイ船です」
「うん、話をききたいけれど、それより前に、和島丸の仲間をよんできてやれ。心配しているだろう。私もよく顔をみたい。一体だれが生きのこっているのか」
「はい、矢島《やじま》に、川崎《かわさき》に、そして藤原《ふじわら》です」
「ほう、そうか。よくいってやれ。そして、あとでゆっくり、話をきこう」
 と、古谷局長がいえば、丸尾は、大ごえをあげながら、元の暗がりへ、とびこんでいった。
 かたく閉された船内からは、幽霊が出てくるか、それとも猛獣がとびだしてくるかと思われたのに、その予想をうらぎって、思いがけなくも、丸尾たち生存者を発見して、古谷局長以下は、たいへんなよろこびかただった。
 早速、貝谷を上甲板へやって、海上に監視をつづけている佐伯船長にしらせることにした。貝谷は、銃をひっかついで、上甲板へ、かけのぼった。
「おい、おーい」貝谷は、ボートをよんだ。
「おーい、どうした?」ボートからは、待っていましたとばかり、直ちに応《こた》えがあった。
「すばらしい発見だ。和島丸の船員が、このボルク号の中にいた。人喰《ひとく》い獣《じゅう》は、もう全部やっつけた!」と、貝谷は、旗のない手旗信号で、おどろくべきニュースを知らせた。
 ボートの中でも、よほどおどろいたものと見え、両手をあげてよろこびの万歳であった。これから、しばらくは、貝谷とボートと
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