うことだろう、この光景は?」
おちつき船長として有名な佐伯も、この思いがけない僚艇の惨状に、顔の色をうしなった。
謎の裂《さ》き傷《きず》
「これは、遭難して漂流中、仲間同志で喧嘩したのじゃありませんか。そこで、ジャック・ナイフでたがいに渡りあって、こんなことになった!」
船員の一人が、このひどい光景に説明をこころみた。もっともな考え方であった。
だが船長は、すぐそれに反対した。
「いや、ちがう。それはちがうだろう」
「でも、そうとしか考えられませんね」
「たしかにそれはちがう。第一、われわれの仲間がこんなひどい殺人合戦をやるとは考えられない。第二に、もしそんなことがあったとしても、人骨《じんこつ》ばかりにするというようなひどい殺し方をやる者が、われわれ仲間にあろうとは信じられない。しかも昨日の今日のことだからね」
船長は、さすがに眼のつけどころがちがっていた。
どんな喧嘩のたねがあったにしろ、わずか一夜のうちに、二十名以上もあった二号艇の乗組員が一人も見えなくなり、人骨と千切れた手足だけをのこすばかりとなったとは考えられない。
船長は、自分の胸のうちを冷たい刃物がさしつらぬいてゆくように感じたのだった。
船員たちは、急にだまりこんでしまった。見れば見るほど、眼をそむけたいような惨状である。あの親しかった仲間の誰かれは、一体どうなったのであろうか。なにごとかはわからないが、この二号艇の乗組員たちをみな殺しにした不吉な死の影は、いつまた一号艇のうえにおちてくるか分らないのだ。
古谷局長は、さっきからだまりこくって、二号艇の無慚《むざん》な光景にむかっていた。彼は、あの二号艇にのりこんでいた部下の丸尾技士の安否《あんぴ》について、いろいろと考えていたのだ。あの好青年も、ついにおなじ脱《のが》れられない運命のもとに死んでいったのであろう。ひょっとすると、あそこに散らばっている千切れた手首が、電鍵を握ってはかなうもののない、あの丸尾技士の手首であるかもしれないのだ。そんな風な、なさけない想《おも》いに胸をいためていた古谷局長の眼にさっきから灼《や》きついて離れない二号艇の底にころがっている一つの手首があった。その手首は、なにか口でもあるかのように、局長によびかけているようであった。
「はて――」
局長は、櫂《かい》を借りて、二号艇の血の海のな
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