卒倒《そっとう》しそうになった。というのは、客席から夢遊病者のようにふらふらと舞台へあがって来た青年こそ、隆夫にそっくりの人物だったからだ。
「これはことによると、えらいさわぎをひき起すことになるぞ」
 治明博士は青くなって、舞台を見入った。
 隆夫に似た青年は、ついに聖者の前に棒立《ぼうだ》ちになった。
 すると聖者はやおら椅子から立上った。そして両手をしずかに肩のところまであげたかと思うと、両眼《りょうがん》をかッと見開いて、自分の前の青年をはったとにらみつけ、
「けけッけッけ」
 と、鳥の啼声《なきごえ》のような声をたてた。
 そのとき来会者たちは、聖壇の上に、無声《むせい》の火花のようなものがとんだように思ったということだ。が、それはそれとして、聖者ににらみつけられた青年は、大風《おおかぜ》に吹きとばされたようにうしろへよろめいた。そしてやっと踏み止《とどま》ったかと思うと、これまた奇妙な声をたて、そしてその場にぱったりと倒れてしまった。
 奇蹟はまだつづいた。このとき聖者の身体から、絢爛《けんらん》たる着衣がするすると下に落ちた。と、聖者の肉体がむき出しに出た。が、それは黄い
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